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2013年1月23日水曜日

身体が傷つくことへの恐怖を受け容れる~午前8時のカウンセリング

 
みなさん、こんばんは。
けさは、お師匠さまのところで
朝8時からカウンセリングを受けてきました。
 
エッジ(自我の限界・境界)超えをしたくて、です。
 
それにしても、朝9時にはもう見える世界が変わっているというのは
本当にすがすがしいものです。
 
上の写真はその直後のものですが
晴れやかな「受け容れた」表情をしているようにみえませんか?
(私にはみえるw)
 
カウンセリングは1時間もしないうちに
人間が変わってしまうかのように、
世界観がかわっていきます。
 
きょう私が気になって取り組んできたものは。。。
 
ヲタクなテーマですが・・・
 
「身体的な痛みに対する恐怖の受容」
 
でした。
 
こころの容器が整ったから
 
よし!こんどはからだの容器をつくりなおすぞ!
 
と、先日からブログでご紹介しています
 
ロシアのサバイバル戦闘武術「システマ」の練習をして
 
この問題に気づいてしまったのでした。
 
ふだんカウンセリングの現場であれば
 
私はどのような言葉と精神の傷つきも喜んで引き受けられるだけの
タフネスを磨きあげられているため、
 
サロンの空間全体と、クライアントの一挙手一投足に対する
無意識反応へのセンサー度と拡大視野度は
きたえられているはずなのに、
 
システマの練習における
相手からの複数攻撃となると
まったく目先の「点」でしか物を見ることができていないことに
「おかしいなあ」と疑問に感じたんですね。
 
(6年以上、運動から遠ざかってきたため
身体能力がなえていることは
ここではいったんおいておいて)
 
で。
分析した結果、
「私は痛いのが死ぬほど大嫌いだった!!!」
ことを思い出しました。
 
さらに
子供のときは転んでけがすると
痛くてというより
「血」をみて、その凄惨さに泣いていましたし。
 
なんだかんだとこのように
精神世界に導かれたのは
身体症状に対する持前の耐久力が
ゼロに等しいからだったのでした。
痛み感度が、一般の1000倍もあるのではないかというほど
「感じて」しまうのですよ。
そのために一分もたっていられないほどにつらいため
私が私の軸におさまることができていないときに
襲ってくる痛みの背後に隠されている意図
くりかえし分析し
いまにいたるわけでした。
 
ですが仕事柄、こういうテーマにもしっかりと開かれていたいのですね。
この新しい「からだの容器づくり」に際して。
 
で。
きょうあれこれと話し合いを進めていく中で
浮かんできたのは
私は「暴力的なエネルギーに対して嫌悪している」ことにきづきました。
 
もちろんこれは健康的な自我の防衛本能ですよね。
 
ですがエネルギーの摂理として
「抵抗しているものには追いかけられ続ける運命」にあります。
 
目指したいのは
抵抗している「暴力的なエネルギー」と
仲良くする体制(エネルギー循環)を築くことです。
 
嫌っているエネルギーと
「対話」して向き合う
勇気と潔さがポイントです。
 
『風の谷のナウシカ』では
ナウシカがキツネリスのテトに噛まれても、
じっと耐えて仲良くなりました。
 
そんなイメージです、わかりますでしょうか?
 
 
どうしたらいいと
みなさんならお考えになられますか?
 
 
じつはこれこそが私の愛する世界観でして
 
私の場合
 
「慈悲のおおきなこころで包む」
 
とか
 
「暴力的なエネルギーの向こうにある悲しみや苦しみを
想像し、引き受けて受け止めてあげる」
 
そんなメンタリティで
慈しむのが好きですね。
 
maruetsuできょうみつけたスプレーバラ。
意外とかわいい!
花には癒されますー。
 
なかには
 
「やっぱり、あの先生は、いっちゃってる」
 
とおっしゃる方もいるかもしれないとは
想像できますが(苦笑)
 
私は自分のなかにも「暴力的なエネルギー」があることを知っていて
実際にそのやり場を失ったときに
どうしようもなくなって日本で販売されている一番大きい
スタンディングサンドバックを購入して
一人暮らしの部屋で夜な夜なパンチしたりキックしたりして
やりしのごうとして、
結局、自分のはなったエネルギーがブーメランのようにかえってきて
かえって苦しくなるようなトラップにひっかかっていたこともありましたし。
(ここだけの話、本気で「あいつ、ぶっ殺してやる!」級の怒髪天をつく状態で
赤い炎にのまれてしまっていたこともありました)
 
謙虚にそのことを認めるのです。
 
つまり
 
「うわ!」と脅かされる
「暴力的なエネルギー」を目の前にしたとき
やはり同じように「暴力的なエネルギー」にのみこまれていた
過去の自分の苦しみや悲しみを
癒すかのこころ
それを受け容れ、呑み込み、死なばもろともに
 
 
あたためられたバターのように
目の前の恐怖と
とけあっていくかのように---
 
そうするなか
この世の苦しみを浄化させたい。と。
 
そんなイメージを思い浮かべてみるとき
 
「ああ。これなら、身体的痛みへの恐怖とも向き合うことができる」
 
と、世界観をかえることができたのでした。
 
誤解しないでくださいね。
 
暴力的な攻撃に
自分から飛び込むわけではありませんw
 
「向き合い、対峙し、
忌まわしく感じたそれを許し
慈しむ」姿勢です。
 
先日参加したシステマの講師をされた
北川貴英先生はこんな風におっしゃっていました。
 
「つながりを意識しつつ
(相手と距離を保ちながら)コントロール(制御・統制)をする」
 
本当にそのとおりだと深く納得しました。
 
そういえば。
私の先生の先生であるアーノルド・ミンデルさんは
このメタスキルと独自の技法をつかって
(「大きな自己」「集合的無意識」につながるシャーマン的方法)
実際に、大きな熊に襲われかけたとき
見事、熊がきびすをかえしてくれたエピソードを
著書のなかでご紹介していらしたのを思い出しました。
 
このテーマにようやく向き合うことができたことに
とても感謝しています。
この大地のうえにたつ人間として生きていくうえで
生身の肉体の問題は避けて通ることができませんものね。
この気づきのために用意された
新しい出会いにも本当に感謝することしきりなのです。
 
***
 
それにしても私の先生のカウンセリングは
見識豊かな分だけとってもなめらかだなあと感心することしきりです。
私もさらなる精進をつみたくさせられるばかりです。
わくわく。時間はいくらあってもたりません。
 
私の性格は後ろ向きな部分もやまほどありますが
それらのすべてをいつも可愛がりつつ
 
夢と希望に導いてもらうのが大好きです。
 
私の夢は
 
いま苦しんでいる方が
こころに明かりをともすコツを得て
自分の道を歩き出すことができるようになること、
 
さらに
より大きなこころの器へと
自己を改革して、
より大きなエネルギーを世界い解き放つ
お手伝いをさせていただくこと、
 
たくさんのひとが
夢と希望に導かれて
さらなる隣のひとにその明かりをともすコツが
バトンのように渡されていくこと、
 
でしょうか。
 
毎日、できることから、ひとつずつ。ひとつずつ。
それはときには、たっぷりと睡眠をとることかもしれませんよね。
あるいは、しっかりと栄養をとることでもあるかもしれません。
 
私はと言えば
支えてくださっているみなさまに
感謝の気持ちをこめて
こころからのエールをお送りしつつ
ブログを思いつくところから。
 
ではではまたあした☆
 

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