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2012年12月28日金曜日

「ありのまま」とは?自分にうそをつかないと壊れるひともいることを知ること~私の考える「愛ある世界」について

 
みなさん、こんにちは。
 
「ありのまま、ってなんでしょうね?」について
きょうは。ちょっぴりと。
 
私自身は、自分にうそをつくと自分が
バラバラになって現象や出来事が「何か違う」と
知覚できてしまう性質・体質です。
これが私のありのままに生きるということですが……。
 
私がよくクラスの生徒さんにお話しさせていただく
大事なポイントのひとつに---
 
とりわけ精神世界を指向する方は
「ありのまま」や「自分にうそをつけない」とか「純粋であること」を
基準としますし、「ありのまま」であることを
「純粋性」と心理学でもいうことは多々です。
たしかにそれは「全体性」に向かいたい人間にとって
必須の通り道であることは、精神世界の真理です。
ですが、
 
同時に
 
それをしたら逆に壊れてしまう性質・体質のかたもいるという点です。
「自分にうそをついても自我の価値観を守り通したい」という正直さも
存在するということです。
 
それを尊重しない心理学がもしもあるとしたら
それはそれをはじめに提示した
心理学者の世界観なのでしょう。
 
私たちはうっかり自分の価値観を標準として
世界のできごとを判断してしまう傾向にあります。
これは非常にやむをえない、どうしようもないポイントです。
 
ですが、そのことをきちんと受け容れないと
結局は、永遠に
「なんであなたはありのまま、
すなわち純粋性を指向しないのだ!」
と相手を攻めてしまうことになってしまいます。
 
「ありのまま=純粋性」とは
たしかに心理学的定義ですが・・・
 
それをふまえたうえで
それでもその純粋性を受け容れられない指向性こそが
「ありのままだ!」という世界もまた存在するのだということと
 
しっかりと向き合うことこそが
私の考える「愛ある世界」です。
 
たとえばユートピア思想を指向する方がいたとしましょう。
それも素晴らしいことですが、
同時にユートピア思想を指向しないひともまた
素晴らしいということを忘れてはいけないと
私は日々、肝に銘じております。
 
私が目指している世界は
地球まるごとを包み込むタイプだからです。
 
ここに本当の意味での
「ひととひとが理解しあう」とか
「わかりあう努力をする」
という行為の価値がでてくるのだと思います。
 
そして、
所詮、どんなに似た者同士、親子であっても、
ひととひとは別々の小宇宙です。
本当の意味で、
まるっきり一緒ということはありえません。
 
だから、お互いがお互いの立場を
立てて尊重しあい
歩みあい、ともに
歩むことができるための努力に
こころをくだいたりという
 
関係に橋をかける行為は不可欠です。
 
 
「愛しています」というセリフをいうとき
私は、自分の心をしっかりと知っていますから
「ねえ、私のことを愛してほしいわ」という気持ちが
あってのことであることを正直に認めます。
 
同時に
自分が愛してほしい分だけ
 
「相手が求める形を表現すること」を
惜しみなく与えたいと思っています。
 
 
もしもお相手が
「おまえとはもう会いたくないのだ」というタイミングにいて
そういった形を求めているのであれば
「OK」と引き受けることもふくめてです。
 
それは「聞き分けのいい子になりさがる」のとは違います。
自分の気持ちをしっかりと主張し、
自分の想いをしっかりと大事に守ったうえで
 
相手の言い分にもそうということです。
 
補足しますに、
 
この境地に入るには
自身の人間としての強さを磨くことは必要かもしれませんね。
古い「依存体質」の私の立場からしたら。
 
ひととしての強さをどのように磨くものなのかについて
またどこかでご紹介できたらと思います。
 
きょうは、
きのうFM東京の「シンクロのシティ」さんでお話させていただいた内容の
背景にあった私のこころのうちをまとめさせていただきました。
 
下の写真は番組が終わった直後。
スタッフの方が番組のHPのためにとってくださったものを
サイトからコピペさせていただきました。
後ろがガラス張りになっていて
たくさんのひとが観覧なさっていました!

 


ではまた、ごきげんよう!

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