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2015年11月30日月曜日

喪失の哀しみをどのように受け止めるか?〜なりたい自分になるためにも


愛犬ポリーちゃん。きょうもセッション中に
セラピスト魂を発揮してくれました☆クライアントの方の声の
波動の変化を察知して、「クゥーン」となくのです!
そのひとにとって大事な二次プロセスのテーマを
スピリチュアルに知らせてくれるのです。

みなさん、こんばんは。

ひとの苦しみの種類は枚挙にいとまがありません。

私はそれらすべてをリスペクトしています。


クライアントの方をはじめ
私の身辺には
「喪失の哀しみ」を抱えているお話が少なくありません。

これは正直言って

とても骨身にしみるキツイものであります。

複雑な心情がからみあっています。


ひとつには

よすがとなる存在が
この世から姿を消したことによる
ぽっかりとした心の空洞感

ふたつめには

その存在がこの世を
去らなければならなくなった因果が
自分にあるのではないかという
罪悪感

相手が自己同一視している
(自分と心の距離が近い存在である)
対象である場合ほど、
まるで自分で自分を傷つけているかのような
痛みと苦しさが隠されています。
少なくとも無意識には。

この2つの心の動きを
親身に理解してくれる誰かに
受け止めてもらうプロセスは

心の浄化(整理・クレンジング)として
とても有用です。

無意識に抱えていたイライラやストレスも
すっきりとします。

この観点も私は大切に
耳を傾けていきます。



そして三つ目が
無意識レベルで
いちばん苦しい理由になるであろうと
私は察するのですが

それは

その存在と「円を描く関係」でありたいのに
その存在と「交わり合いたい」のに
その存在と少なくとも精神レベルで
「手を取り合い微笑みあう関係」でいたいのに

さまざまな感情が交錯するために
(そのなかには、無意識レベルの怒りや後悔、悔しさなどもあります)

求める「精神的な寄り添い愛」に
至りたくても
至りきれない

無意識のもがきとあえぎが秘められるわけです。

これは

現実レベルで、どのような
行動・現象につながっていくかといいますと
(ひとにもよるのですが)

多くは

「なりたい自分になりにくい」

となるわけです。

なりたい自分になろうと一歩踏み込もうとするとき
無意識にスイッチが入って
「それは許されない」さっと迂回・退いてしまうパターン
繰り返してしまうのですね。

***

したがって
ご依頼のテーマが「願望実現」である場合も

身辺に「喪失した存在」があられる場合、

この部分を精緻にとりあつかうことを
暗黙のうちに頭の片隅に置き
お話し合いをすすめさせていただいています。

「許されている」
境地を体感していただくための
創意工夫をこらしていきます。


***

この手のテーマの場合
多くの場合、困った(?)ことに
この心情世界に蓋をして闇に葬り去っていることから
(それはそれで健康的な自我の働きであるゆえ)

ご本人の意識にはまったくのぼってこないという点です。

そもそもは健康的な自我の働きのなせるわざではあったとはいえ

そのために幾度も
「なりたい自分になりたくてもなれないパターン」を
繰り返すこととなってしまうのです。

それが問題とか悪いとかそういうことはまったくないのですが

依頼者の方が「なりたい自分になりたい」というテーマを
持っていらっしゃる場合には
ここは捨て置けない重要な観点、
積極的に見つめていくわけなのです。


心理カウンセリングでしたら、ゆっくりじっくりていねいに
ご本人の口から表現されるのを確かめるようにして、

霊能(スピリチュアル)カウンセリングでしたら、
やんわり知らぬ間にそっと優しく深みに降り立ち
極微レベルに感知されるエネルギーをしっかりつかまえて
核心にドキューンと迫るかのように


読み解き、受け止めていきます。


きょうの夜ごはんはスッキリさっぱりめ。そうめんの冷製パスタ風。
ツナとトマトと焼きなすと玉ねぎとベビーリーフを
オリーブオイルとニンニクのすりおろしであえました。
ちゅるっとお腹に入ってしまいました〜♪

ふりかえってみれば
私は自分が想像していた以上にデリケートな体質すぎるためなのか
「なりたい自分になれない」ことへの「言い訳三昧な体質」(苦笑)なのか

この「喪失の哀しみ」は予想外のところのものを受け取ってきています。

1つは、母が中絶した水子の兄について。
会ったこともないのになぜか8歳のとき母親に
「お兄さんが欲しい」と無茶振りをしていたのです(苦笑)。
ぎょっとした母は告白してくれましたが
子供のころは「流産だった」と聞かされてたのが
30歳をすぎたとき「実は中絶だった」と教えられ
半端ない怒りと悲しみの噴火に襲われたのでした。
会ったことがあるわけでもないのに!
この問題と向き合い癒し、見失われた兄との対話を繰り返し
進むべき道を見つけることができました。

でも、クライアントの方のなかには「望まずして中絶せざるをえない苦しみ」を
語ってくださる方もいて、そういうお話を耳にするたび
私は自分が癒されていくのを感じます。
同じできごとも、立場が違うことによって、
いろいろな苦しみがそこにはあるのです。

2つめはーーこれも、それ!?と驚くのですが
戦死した父方の祖父について。
正直、ここにチューニングすると肉体レベルでの
壮絶な苦しみの波が押し寄せてきます。
私が生まれる30年も昔の物語なのに、
異様にリンクしていて、きつかったです。
おそらく、夫を失った
祖母のこころも半ば入っているようにも思われますが。
この問題と向き合った時にも、
戦争と平和について真剣に向き合うことが答えとなり、
それを意識しているときに
私は「なりたい私になる」流れにストンとのれるのでした。


「喪失の哀しみ」についての話題に面するとき

私は自分に起きたこの2つの哀しみを思い起こし
周囲にいる「喪失の哀しみ」を経験した人間の気持ちに想いを馳せ

深い黒い涙の海にともに沈みながら
受け止めさせていただいています。

あなただけの「許された」世界をご体感いただくために。

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2015年11月29日日曜日

知りたいことを感知する鍵→宇宙からの愛と一つになりきる


こちらは大好きなスワロフスキーの蓮のお花クリスタル。
キラーン、ピカーン。癒される輝きです。
こんな風になって活躍している自分の姿のイメージングを大事にしています。

フィギュアスケートNHK杯の羽生結弦選手の
世界最高得点出し、異次元の舞に
感涙とまりませんでした。

私のなかでは「あれって、ピカソ並の芸術性でね?」
と驚嘆・感服の的でした。

日本中のひとを総毛立たせ、わなわな震わせましたね。
たくさんの愛と勇気をふりまいていたように
私にはみえました。

あの境地が私にはこころから羨ましいですし

私とはまったく異なった持ち物の方ではありますが

天と地をつないで
それとひとつになって訓練と
表現をくりかえす姿勢は

尊敬の的であり
見習いたい・追随したい
お手本のひとつとさせていただいています。

愛はいたるところにあふれているんですよね。
いつもどんなときも包みこんでくれているんですよね。
受け取るか受け取らないかは本人次第。

選手のかたの生活というのは
特殊であろうことは
想像に易いところですが

私も一介の援助職者として
「並の援助職者」ではなくて
「特殊な援助職者」として生きることに
生きがいとやりがいを見出すひとりですからして

生活スタイルは普通ではないことを諦め受容・遂行しています。

私流スタイルは
「棺桶・墓場スタイル」と自分で呼んでいますが
3年前にインナーワークで発見したビジョン
(墓場から白装束着た自分がでてきてゾンビダンスを踊っていた)のとおりに
今なっていることに
驚くような、言わずもがなだったかのようなであります。
このサロン内でダンスはしていませんが(笑)
そのぐらいいつも心を動かしまくっています。



自炊と掃除と散歩のほか
サロンから一歩もでない生活です。
クライアントのかたと向き合う時間と
自分が表現したいことと向き合う時間と
疲れたら横になる時間と
それだけにシンプルにまとまっています。

大学受験のときはこんな感じだったのを思い出します。
食事と勉強と入浴だけ。

命をかけて取り組むからには!
という私の勝気パートがそうさせるのでありました。

とにもかくにも

宇宙の愛とたえず交信しつづけている存在でいたいのです。

この世のものではなーい領域を表現できる自分でいたいと

切望しているので。

修行と訓練
そして
生活スタイル

と大事にしています。

一定の枠内に自ら身を投じることで

現実的な問題からいっさい自由でいることを
守り貫いています。

だって
「私という存在は、宇宙の愛のシャワーの
恵みの中心にいるんですもの!」

問題と思われることも、
ぜんぶどうにかなってしまうものだったりします。

くよくよする日もあるけど

くよくよしている時間ぶん

自分であれひとであれ「お手当」「ケア」するための
時間を設けてあげるほうが
結果的には得策だと
私は思うのです。

「お手当」するとき「宇宙の愛」を私たちは
無意識に受け取ることができるからです。
(簡単な行為としては、「睡眠」があげられますよね)





「あなたは宇宙の愛に24時間包まれている」

「現象は時間の流れのなかで
まだ追いつかないこともあるかもしれないけど
どんな状況にあっても宇宙の愛は
あなたにその優しさに目覚めて
安らいでもらいたがっている」

…と「なりきる」と、

あなたにとって今、目の前にある
「問題」「課題」「願望」は
どのように「feel」されるでしょうか?

私の感じは

ぜんぶなるようになるし〜

です。

自分のケアをたっぷりして
ひとのためになることを一生懸命に追いかけて
やるべきことやって(自分で決めた生活スタイルのこと)
積み上げるべきことをしっかり積み上げていれば

うまくいくときにうまくいくし
うまくいかないようにみえても
ぜんぶ豊かな肥やしだし
「大変だ〜」「辛いよー」は
ぜんぶ愛と優しさのための
美しいスパイスでしかないね、

と。

人生がうすっぺらいものに終わらないように

多層多次元の宇宙は
やまほどトレーニングネタを
投げ込んできてくれるかもしれないけど

ひとつひとつ挑戦して、勇気出して、乗り越えるほどに

清々しいオーラの持ち主
つまり
魅力あふれる人物として

ひとの笑顔のために頑張れる!
彩りグラデーション豊かな人材にと
育ててあげてくれるのではないか

と。

こういうのを
やわらかな人間性とでもいうのではないか、と。


がんばれ、みんな!(いや、私も!)

辛い時や疲れた時は、たくさんあったかいおふとんに
くるまって安らぐことも忘れないでくださいね。

「宇宙からの愛をいつも感じ取ることができるようになると」……

好きなあのひとの気持ちだって感じ取ることができるようになるし
どうなるか不安かもしれないビジネスの案件だって
どうするともっと発展するかの鍵だってみえてきたりする

ひとよんでそれ、インスピレーションといいます。

注意点としては

このとき「オンリー1」のプロセスがインスピレーションとして
浮かび上がってくることは
しょっちゅうなわけですが

「一般的なパターン」しかアイディアが存在しない場合
あるいは
「素敵な◎◎さんのようになることが私の幸せよ!」と
自分と他人を一緒くたにしてしまってたりもすると。

この「オンリー1のパターン」を見落としてしまう、
ということがおこります。

そうなってはせっかくの
「宇宙の愛」がもったいないので

「この世には時空を超えてどんな不可思議なパターンもありまさねー」

きわめて心を広く持つ意識を大事にされると
よろしいかと、私などは思うわけであります。

・・・とはいえ
現実的な雑音をどうやって遮断するのか
それなりの努力が必要かもしれませんね。
精神的なトレーニングが役に立つことでしょう。

さてさて私は今宵はもうちょっと。

「内なる神様」「feel様」「inspiration様」の声に
もう少し耳を傾けてアウトプットしてから
お休みするといたします。

今日もご利用いただきありがとうございました。

みなさまの、心ある道が、宇宙の愛とともに
安らかなものであるよう、お祈りしております☆



今日の晩御飯は、大好きなすいとん汁と、
もやしと豚肉のザーサイ炒めでした。


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2015年11月19日木曜日

【詩】Highを夢見ても〜生きることの真実よいずこ

今日の午後は
気分転換をはかって近所のタリーズで
浮かんでくるまま詩を書いておりました。

久しぶりに詩をアップしたい気分となりました。
生きることの切なさからであーります。

****

「High を夢見ても」

High でCoolなファンタジーを
追いかけているとも知らず
夢見て憧れているのは
エキサイティングなラブマッチ

飢えてるの 渇いているの 求めてやまないの

その伸ばされた腕で必死につかもうとしているものは何?

愛? 富? 名声? それとも……刹那?

静寂に耳をすませば聴こえてくる
ゆるやかな愛の調べ
あなたが生来なすべき「道」のこと

見失うな 振り回されるな

あなたの中にある真実を語れ
あなたが自由になることができるのは
ここから

外の世界にうつしだされる
きらめきと華やぎを
そこでこそ味わえるから

あなたの輝きは
Highからは生まれない

刹那はポエム
一瞬の蜃気楼
消えては浮かぶ幻ほど
魅惑的なものもないけど

真実の愛は
魂の静けさの奥から
聴こえてくる声にあるのだから

耳を澄まそう
真理を追いかけよう
確かな命の燃焼
自然の恵みと豊かさと一つになる
秘密の扉を開いて

そうすれば
白い平和の鳩が
嬉々として
飛び立つのが
見えるでしょう

紫色のアメジストが
静かに輝いている
そのひそやかさと繊細さに
息をのむことでしょう

広い草原をかけめぐる
美しい駿馬の姿が
浮かんでくることでしょう

これらの
自然の姿こそ
あなたが追いかけるべきもの

これこそを
愛と呼ぼう

愛はずっと
あなたを待っていた

ずっとずっとずっと昔から

たぶんあなたが生まれた時から
静かに手を差し伸べて
微笑みながら

あなたは愛そのものだから



・・・とここで、なぜかマリアさまのビジョン!(笑)



****

秋からケースの数を増やしたおかげで
あたくしは、刺激されまくっております。

「生と死」「宿命と運命」
「愛と傷つきと試練」
「運命のいたずら」
「嘘と真実」
「まやかしとまこと」

このあたりのこと、とんと深く考えさせられまくるほどに
たくさんの物語の傍観者をさせていただいておりますです。

感謝。

生きることは不可思議に満ちています。

一筋縄ではいかない「神のいたずら」
「人間の弱さからくる混沌」という名の知恵の輪
どのように紐解いていけばいいのか

しっかりたくさんのかたのバックアップできるべく

日々研鑽、自分磨きを楽しませていただいています。

再度、感謝。

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2015年11月2日月曜日

恨み辛み怒り:否定的感情もあるままに〜振り回された人生に別れを告げるために


あなたの心の扉の奥深くに閉ざした
感情のあるままを
大切に受け容れお守りしたい

思い通りに体がなかなか動かない場面に遭遇するたびに
私はインナーワークを繰り返します。

ヒントは

「私のなかに、そう(望む方向に向かわせ)させたくない
意図や理由があるとするなら
それはどのような声や、どのようなエネルギーでしょうか?」

という問いかけから浮かび上がってきます。

すると「カッツーン……」何かにぶつかるような感触。
(きょうの私の場合です)

ぶつかった感触をしばらく味わっていると

うわ〜〜〜〜〜〜!!!

アラジンの魔法のランプから何かがあふれだしたかのように
出てまいりましたのは

「恨みつらみと怒り」

だったのでした!!!

この恨みつらみはすごく新しいものではなかったのですが
その量と質が、過去最大級!!!
という意味で、お初感たっぷり。

どかーんと私の存在の根っこから
噴火したものでした。

そうそれは何かと言いますと

「両親家族への恨みつらみ」

自分のなかにそれがあることは知っていましたし
それを浄化させることもたくさんしてきましたし
ある意味では、恨みつらみを抱いていてもどうしようもないという
理性も働いており、適当に手なずけもしてきました。

ですが今回の「怨恨」は

私の「存在不安」の正体でもあるような気がしました。
とにかく驚くほど大きな大きな魔神のような怨恨なのです。

その「怨恨」の言い分はこんなかんじ。

「だいたいが、私の感性を片っぱしから否定しまくっていた
あの9歳から30歳までの出来事による
トラウマの数々がいかほどのことだったことか!
うまいこといって
私の感性の声をことごとく否定して
私ではないものにさせられて、
こちらの心は木っ端微塵。
心の器が育たないまま
社会に出ることになり
おまけに結婚しても、
両親はちっとも私を守ってくれなかった!
むしろ義理の両親にへこへこ頭を下げて
私を全員で見下していた。
親が娘をディスカウントして
その主張を強力にゴリ押ししてくるために
私は立つ瀬がいつだってなかった。
私が傷だらけになって前途怪しい状況になってから
耳を傾けてきたって、
二度と帰らない大事な「心の器を育てる時期」を
いったいどうしてくれる。
心の器をしっかりと育てることに成功していれば
今頃私は云々etc.」

理性的にみれば、いやー、私にはこのプロセスが必要だったのだよ
という側面もおおいにあるんですけど・・・

感情とは、おりこうさんになってやりすごしても
けして活かせるものでもないのでありました。


「感情はいい悪いはなく、それは魚や犬猫のように
ただ存在するものなので」
それをちゃんと認めてあげないことには、
長い年月のなかで
主体者にのろしをあげて暴挙をふるってくるのであります。


今回も私は
「思い通りに体が動かなーい」という
(今、書き進めたいものがあるのだけど、
突然ぴたっと筆が止まってしまって困ってしまったのでした)
問題にでくわしたのでしたね。

情けないことに
その「感情」の言い分としては
「あることを認めてくれなけりゃ、
別の形であることを認めさせてやるんだから」というわけです。
それは、「難破船」あるいは「空転」。。。ひー。

私のなかの「怨恨」は
やすやすと理想的な人物像になって(成功して)
親を喜ばせたくない、というのです。

頭ではナンセンスと思うのですが

感情はエネルギー。

(実際、これは多くのかたの集合的無意識としても
働いている心の動きでもあります)

頭だけでコントロールしきれず
コントロールしようとすると
こんどは体がコントロールできなくなり、
このままでは私の人生そのものを
私自身でコントロールできないことになっていってしまうのです。

感情をコントロールすることを手放したほうがいい
私が思うわけです。

感情とは、ともにダンスを踊れるようであること。

これが理想的な心の状態であると私は
深層心理学的見地から思うのです。

さて、私はこの大きな感情を見つけて
ひとしきり泣きましたよ。
く〜〜〜悔しさも胸に迫り
どうにもすることのできない恨み辛み。
かわいそうにかわいそうにと
いっぱい心のなかで頭を撫でましたよ。
なんならいっそ「恨み辛みの文学」とか追及してみるのは、どう?
とも言ってみました。

実際、私のサロンは「秘密の本音部屋」です、
私が「恨み辛み」の声を
「今に見てろ!焼き殺してやる!」などと
肩代わりして演じていくと
みなさん実にこぎみよく嬉しそうなニヤリ笑顔になること、なること。

私の「怨恨」魂は
ぴたりと落ち着いたのでした。

まあ、この辺も、書けそうなところから
紐解いていこうと思います。

みなさんも、「思い通りに体が動かなーい」と違和感をかんじたら
ぜひ「感情」のことを心得ている、あなたがいいなと感じる専門家のところに
たずねてみるといいかもしれませんね。

「見失われた感情(エモーション)」をレスキューすることで
思う通りに体は動き出してくれることでしょう。

GOOD LUCK☆

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2015年10月1日木曜日

開運の扉:恐れのない世界〜恐れとか欲望とか人生の障害への自覚を深めて

大好きなお花と、いつも私を守ってくれている
愛犬とを写真におさめてみましたー。
このカットは、私にとっては幸せのシンボルです。むふふ。



みなさん、こんばんは。

恐れとか欲望とか
あるのが人間ですがーーー

人生の行程を進みにくくさせているものの
ひとつでもあるかもしれません。

きょうのNLP応用クラスでちょっぴりこんな話題がでたので
こちらでシェアします。


すべては幻想です。
おのれの真実から映し出されているだけにすぎず

現実、リアルは、あながちそうでもないことは多々ですし

そのことを悟って
こちらのありようを変えれば、
無意識レベルからも相手が演じさせられずにいられなくなる
キャラクターというのも、変化していくものであります。

たとえばこちらに怒りが孕まれていれば
あちら側はなんだか無意識に怯えと
防衛からふるまわずにいられない、などのように。

最上はもしかすると
自然界がそうであるように、太陽のように、
大地のように、海のように、山のように、
懐の深い、とらわれのない姿であるかと想像されます。

相手が安らかなる存在であるとき
私たちの防衛の壁ははずれて、
自然体にふるまうことができるようになるからです。

クロウリーのタロット、本日の一枚は、ディスクの2。
何かが今、変わろうとしているの、
私も確かにインナーワークレベルでもキャッチしています。
この半年の間で、5年ほど取り組んできたスピリチュアルなワークの
殻がようやくもろもろとはげてきたように感じています。
感覚的に、グラウンディング、地に降り立ってきたみたいな感じ。

そこで、私たちを「安らかなる存在」たることをはばんでいる要素を
整理してみました。

1:悲しみ
2:敗北への恐怖
3:無益
4:考えすぎる
5:自己批判
6:目的の破滅
7:完全な失望
8:安逸を貪る
9:心の虚しさ
10:戦い
11:抑圧
12:悩み(心配)
13:失敗への恐怖
etc.

さらにこれらの恐れを加速化させる
「欲望」の問題についての分類は以下のとおり。

1:目上のものに対するこだわりと欲望
2:学ぶことに対するこだわりと欲望
3:目下のものに対するこだわりと欲望
4:伝達することに対するこだわりと欲望
5:身を守ることに対するこだわりと欲望
6:異性関係に対するこだわりと欲望
7:身内・家庭(補佐含む)に対するこだわりと欲望
8:母親に対するこだわりと欲望
9:兄弟姉妹に対するこだわりと欲望
10:父親に対するこだわりと欲望
11:注目される(認められる)ことへのこだわりと欲望
9:お金に対するこだわりと欲望
12:社会で活躍する(スターになる)ことへのこだわりと欲望
13:自己の立場(名声・地位など)を求めることへのこだわりと欲望
14:精神世界に逃げ込むことへのこだわりと欲望(現実逃避)


いずれも私たちの生命力の源ではあるのですが・・・

誰でもどれかは必ず過剰に傾くパターンを持っているはずです。
(そうであって自然)

そして、この欲望のチャンネルを入り口として
私たちは自己を磨いていくこともできることは確かなのですが

問題は、「過剰すぎる」と
上記の「恐れ」のいずれかを生み出すという点にあるかもしれません。

欲望はパワーになりますが
空回りのトラップにもなるというわけです。
よって、「欲望が発露していることへの自覚を持つこと」が大切と、
私は説きたいと思います。


左は蒸し野菜と豚肉のマーマレード炒め。オレンジと豚肉の相性は最高です。
右は、サツマイモとまいたけの発芽米リゾット、奥が野菜トマトスープ。

欲望を捨てろ、といってもそう簡単に捨てることのできるものではありません。
古代東洋思想によれば「自然エネルギー」は「完全燃焼」を指向しているからです。

どのような欲望を自分が今発動させているのか自覚を持つことができると
そのような欲望と共に生きていることに対する人間としての心の器が育つのです。

ところが、「私にはそんな欲望なんてないわ」と綺麗事でおさめたままですと
残念ながら、無自覚にそれはどこかで発露しているにもかかわらず
本人が自覚していないぶん、いっこうに
その欲望とともに生きることがいったいいかほどのものであるのか、
という当人の心の舵取りが作動しはじめないのです。
ですから、永遠に無自覚なおのれの
欲望にからめとられたままとなってしまうというわけです。

もちろん、それもご本人の自由ですから、
どのように生きようともそのひとそれぞれの経験世界ですが、
ただこのような自然エネルギーの原理があるよーということは
ちょっぴりこういう場でご紹介しておきたいなあと思った次第でした。

***

自覚された欲望はエネルギー燃焼を加速化します。
その背後で上記の恐れが働いていることにもアウェアネスを向けられると
さらにいいでしょう。

ああ、私は恐れているんだー。
そうか、私は恐れているんだー。
そうだ、私は恐れているんだよー。

と。

その等身大の自分を認めてかわいがりましょう。
そして耳を傾けてください。

「本当はどうしたいの?」「どうしてほしいの?」

欲望が完全燃焼しきるとき
人間としてのステージはアップします。
(欲望に蓋をしたり、なかったことにするのではありません)

どのようにステージアップするか?

「ほとほと、欲望にはまいったよ。とほほ。
欲望とのおつきあいにはつかれたよ。たはは。
もういろんなことはどうでもいいさねー」

となり、力が抜けて、気の流通もさらさらとして

生きることに対する自由度が高まるのであります。

すなわち「生きやすくなる」ともいえるかもしれません。

***

個人的に。

「失敗への恐怖」や「傷つきへの恐怖」が非常に強い私ですが、

怖がっている自分自身を愛しながら、

心の器を鍛え磨くことによって

自由な心で生きることができるようになっています。

たとえば好きなひとに対して、過去の私ではありえないぐらいの
「水やり」「種まき」「日照」をおしみなく行動しています。
(自分の本質がそれを望むのに対して、
恐れによってブロックされることがなくなりました)

***


あなたにとって、恐れのない世界とは、どのような境地でありましょうか???

そのステートで、毎日をひらりと進まれることを

心より応援したいと思っています☆

★生きやすさを探究するあなたの右腕になります。
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2015年9月27日日曜日

決壊!見失われた哀しみが豊かさに〜摂食障害、躁鬱気質の核心に食い込んだ昨夜のインナーワーク


みなさん、こんばんは。

昨日のブログで「身体症状に隠された怒り」の話をしました。

その話には続きがあります。

「怒り」の権化をひとしきり愛でたら
新たに大きな痛みのウエーブがやってきたのでした。

全身がムカデになったのか?と驚くほど
脊髄の下から上まで痛みが走ります。

ひゃー。

引き続きインナーワークに入っていきました。

すると今度は「深い哀しみの大軍」が全身を支配していることに気づきました。

「父親の無関心」はものごころついた時からなので
ゆうに30年以上もの「無意識の闇に葬られた大きな哀しみ」
三角波のように私の体に一気に襲ってきたわけだったのです。

かっこ悪い話、
のたうちまわりました。
きょうは月1回の「マンダラのグループワーク」でした。
古今東西の集合的無意識を鏡とした塗り絵ワークも終盤戦。
きょうは、みなさんの作品をチャンネルとして
エネルギーワークの交換をしあいました。
楽しかった!


痛みとあまりの哀しみとで。
うわーんうわーん、舞台役者になったかのように
全身で呼吸しあえいで泣きました。
全身に堆積した哀しみの滞りを
絞り上げるように。

体の痛みをあますことなくチェックし、
ていねいにつぶさに、哀しみのエネルギー
ひとつひとつに寄り添うように。
言葉にならない感情を嗚咽とともに
昇華させることに集中させました。
2〜3時間。
愛犬はいじらしく
私をなぐさめようとしてぺろぺろなめてきました。
ますます泣けてきます。

お父さんにこんな風に興味をもってもらいたかった、って。

また、好きな人に対して私は
「返事がこなくてもいいから、応援してるよのメール」を
気付くたびに送っているのですが、

その返事のこない感じと
父親の無関心さとがだぶって
ますます悲しくもなって。



本当にどれほど私は哀しい思いやりのない
仕打ちを自分自身に向けてきたというのでしょうか。

あれ?とお気づきかもしれませんね。

「父親が無関心」といいましたが
それは言い換えるなら
「私自身が私に厳しすぎる部分」
であるともいうことができます。
フロイトのいうスーパーエゴですね。
内なる父、スーパーエゴの部分が
私に無関心すぎることが問題でもあるわけです。
それがあまりに厳しいために、
私の「自己愛」は崩壊して逸脱して

内的充足を外部に求めて奔走しなければならないほど
みじめで、あわれで、情けないほどに。

そのために私はいったい
どれだけの時間とお金と労力をやつし
犠牲にしてきたというのでしょう。

そのあまりに長い道のりをふりかえるだけでも
うんざり、ぐったり、うつうつとした気持ちから全身脱力が
次にやってきて、さらに1〜2時間、仮眠へと落ちていきました。




クロウリーのタロット、きょうの1枚は、「アバンダンス」ぅ〜!
豊かさです。豊かさの源泉につながると
この写真のように、豊かさが勝手にあふれだしてくれます。
きのうのインナーワークで、感情のブロックを溶解、感情の抱擁ができたおかげで
いっそうエネルギーの循環がよくなりましたが、
意識があるべき中心でとどまれるようになったぶん
精神の自由度が高まってきたことと一致しています、わーい☆


隠されていたものを吐きだしきった感が達成されたとき
私の「中心」がいつもよりも一段下方に降りたのを感じました。

途中、文字通り「吐きそう」と悶絶しました。
そこをぐっとこらえて「吐きそう」な感覚に
とどまってインナーワークをくりかえしました。

ちなみに
摂食障害の方は、この過程に苦しむのですね。

ちょっと脱線しますが

私はこの「吐きそう」を今は、しっかりと受け止めることができるだけの
「心の器」をつくりあげてきたため
「吐きそう」とやってきても、
ぐっとそこにある感情にとどまっていくことができるようになっています。

ですが摂食障害の方は、
その「吐きそう」の向こうにある感情にとどまって
認識と言葉にかえるまでの力がわいてきません。
それは心の器がそれを受け止められるだけに育っていないことと関係しています。

またこの「心の器」は母子関係、父子関係によって育つものです。
ですから、摂食障害のクライアントさんとの話し合いでは
ご両親との話し合いをとても大事にしています、私は。
ご両親そのものの心の器を育てていく
カウンセラーマインドやスキルをいかに受け取っていただくかが鍵だからです。

きょうのブランチはトマトスープパスタです。
ソーセージと玉ねぎとキャベツでうまみがアップしてます。

そんなこんなで、ひとしきりコアな感情をしっかりと解放させたら

私の意識はますます「内向き」になってきました。

今まで以上に「自己」に集中できる感触がアップしてきて

ご機嫌です。

変な話、好奇心からの
目の動き「キョロキョロ」が、なくなりました。
私は「そううつ気質」に苦しんできていますが
昨夜のワークで「おもたーいうつ」を癒すことができたので
「そう転」も落ち着いてしまったのでした!(すごい)

それと同時に
外の世界のものに対する興味がいっそうなくなったのでした。

自分の中心とつながるって
なんて平和で核心感があるのでしょう。
マイワールドの構築に最大の興味が向けられています。

そして自分の好きな世界をいっぱい創造・発信していくことのできる自分になるべく
さらなる精進を重ねることが、趣味であり、遊びであり、お仕事なのでありました!

みなさまいつもありがとうございます。

夜ご飯は、簡単にすぐできる「塩ちゃんこ鍋」。
しょうがとにんにくのすりおろしに酒みりん、お塩、しょうゆで味付け。
鳥もも肉と鳥のひき肉がいいだしになっています。
大根、にんじん、キノコ類、ミズナにキャベツに厚揚げと、栄養たっぷり〜。

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