お問い合わせ・お申込みは

お問い合わせ・ご相談・スクール・レッスンお申込みはこち
(お名前・ご連絡先・ご希望メニューをお知らせください)

ラベル 素直になりたい の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 素直になりたい の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年11月28日土曜日

【恐れも不安も超越する世界】feelingに身をゆだねて道を知る


きょうの昼下がりは
ニューオータニの中にあるカフェラミルで一服。

カプチーノのクリームをシナモンスティックで
混ぜながら。

その柔らかくてモフモフした弾力を感じ取りながら
思うに至ったのでした。



あかんわ。

私はfeelしているときのほうが
ちゃんと「安心」できているし
so goodな感触でいられているじゃん!

と。

現実の状況がまったく同じであっても、です。

何と比較しているかといいますと。

私の思考回路はとかく「恐れ」とか「不安」とかからくる
「あーかな、こーかな」思考で、おまけに
とかく「自分に厳しすぎる、自己否定的」中毒感が大。

そのせいで
「過度に不安ストレス」とお友達になりがちなのですよね。

多少の客観性はもちろん大切ですが
度を越しすぎると、私はノイローゼぎみになります(苦笑)
(俗に、不安神経症系)

それもまた身体が思い通りに動かない一因になるじゃーん。
(はい、乖離性タイプ。ゆえ目指せ、心技体・自己一致、と)

なーんだ。

私のどこかが問題なのではなくて、

feelにアクセスしてりゃー、
身体はスムースに動くんじゃーん。

と。

実際、さきほどの、
ちょうどサロンに通い始めてまる1年を迎える
クライアント様にも
この話をしましたら
「ふつふつと湧き上がる使命感に同化していればいいのか」
物事がシンプルに整理されたもよう。


私も、気がかりなことはなんでも feel  様に

おたずねしてみるのでした。

feel 様いわく、everything is OK!

そりゃそうさー。
なんといってもね〜。
自己浄化しまくってきましたからね。

数々のトラウマを癒し
問題の根源やカルマの姿も自覚して受容したおし
私の指向性のあれもこれも
事細かに分析しつくしたね。

10000枚のジクソーパズルのピースが整然と揃った感じ。
逃げることも隠れることもできない
自然が私に与えた
自分の真実と本質との
マリアージュも達成しましたし。
そのため
私のfeelはほぼinspirationという感も大。

ぞんぶんにfeelしていることを受け取りやすい
回路のお掃除をいっぱいしてきたおかげか、と。

(自己のなかが意識的にも無意識的にも
感情的に混沌としているとfeelを
受け取りにくいところはありますね)

ぜんぶ、うまくいってる、その調子、と。
おまけにfeel 様は、さしあたってまとめたい
テーマも、ライフワークとは別に
教えてくださいました。
(すごい!やった!待ってたのです!)

それは、いまはまだここではナイショ。

でも、きょうはfeelをおもいっきり解放した感覚を
つかみとることができたので、うれしくて
ここにつづってみました。

たとえるなら……
まるで女性の曲線のように
なめらかな流線が美しい
真っ赤なポルシェが、
風をきりながら
ヨーロッパのアウトバーンを
疾走していくような感じを
つかみとったのでした。

なめらかな滑走感

意識して

エレガントに。

私の頭のなかは

そんな感じなのです。

みなさまのなかから
個性という名のエレガンスを引き出すお手伝い

ますます丁寧に向き合っていくことができたらと
願うきょうでした。

今日の晩御飯はパワーアップレシピ。
ほうれん草と卵のチャーハンと鶏肉の四川風野菜炒め
そしてセロリとトマトの中華風スープ。満腹〜♪自炊できる幸せを満喫。


★個人セッションのお求めはこちらからどうぞ 

2015年11月2日月曜日

恨み辛み怒り:否定的感情もあるままに〜振り回された人生に別れを告げるために


あなたの心の扉の奥深くに閉ざした
感情のあるままを
大切に受け容れお守りしたい

思い通りに体がなかなか動かない場面に遭遇するたびに
私はインナーワークを繰り返します。

ヒントは

「私のなかに、そう(望む方向に向かわせ)させたくない
意図や理由があるとするなら
それはどのような声や、どのようなエネルギーでしょうか?」

という問いかけから浮かび上がってきます。

すると「カッツーン……」何かにぶつかるような感触。
(きょうの私の場合です)

ぶつかった感触をしばらく味わっていると

うわ〜〜〜〜〜〜!!!

アラジンの魔法のランプから何かがあふれだしたかのように
出てまいりましたのは

「恨みつらみと怒り」

だったのでした!!!

この恨みつらみはすごく新しいものではなかったのですが
その量と質が、過去最大級!!!
という意味で、お初感たっぷり。

どかーんと私の存在の根っこから
噴火したものでした。

そうそれは何かと言いますと

「両親家族への恨みつらみ」

自分のなかにそれがあることは知っていましたし
それを浄化させることもたくさんしてきましたし
ある意味では、恨みつらみを抱いていてもどうしようもないという
理性も働いており、適当に手なずけもしてきました。

ですが今回の「怨恨」は

私の「存在不安」の正体でもあるような気がしました。
とにかく驚くほど大きな大きな魔神のような怨恨なのです。

その「怨恨」の言い分はこんなかんじ。

「だいたいが、私の感性を片っぱしから否定しまくっていた
あの9歳から30歳までの出来事による
トラウマの数々がいかほどのことだったことか!
うまいこといって
私の感性の声をことごとく否定して
私ではないものにさせられて、
こちらの心は木っ端微塵。
心の器が育たないまま
社会に出ることになり
おまけに結婚しても、
両親はちっとも私を守ってくれなかった!
むしろ義理の両親にへこへこ頭を下げて
私を全員で見下していた。
親が娘をディスカウントして
その主張を強力にゴリ押ししてくるために
私は立つ瀬がいつだってなかった。
私が傷だらけになって前途怪しい状況になってから
耳を傾けてきたって、
二度と帰らない大事な「心の器を育てる時期」を
いったいどうしてくれる。
心の器をしっかりと育てることに成功していれば
今頃私は云々etc.」

理性的にみれば、いやー、私にはこのプロセスが必要だったのだよ
という側面もおおいにあるんですけど・・・

感情とは、おりこうさんになってやりすごしても
けして活かせるものでもないのでありました。


「感情はいい悪いはなく、それは魚や犬猫のように
ただ存在するものなので」
それをちゃんと認めてあげないことには、
長い年月のなかで
主体者にのろしをあげて暴挙をふるってくるのであります。


今回も私は
「思い通りに体が動かなーい」という
(今、書き進めたいものがあるのだけど、
突然ぴたっと筆が止まってしまって困ってしまったのでした)
問題にでくわしたのでしたね。

情けないことに
その「感情」の言い分としては
「あることを認めてくれなけりゃ、
別の形であることを認めさせてやるんだから」というわけです。
それは、「難破船」あるいは「空転」。。。ひー。

私のなかの「怨恨」は
やすやすと理想的な人物像になって(成功して)
親を喜ばせたくない、というのです。

頭ではナンセンスと思うのですが

感情はエネルギー。

(実際、これは多くのかたの集合的無意識としても
働いている心の動きでもあります)

頭だけでコントロールしきれず
コントロールしようとすると
こんどは体がコントロールできなくなり、
このままでは私の人生そのものを
私自身でコントロールできないことになっていってしまうのです。

感情をコントロールすることを手放したほうがいい
私が思うわけです。

感情とは、ともにダンスを踊れるようであること。

これが理想的な心の状態であると私は
深層心理学的見地から思うのです。

さて、私はこの大きな感情を見つけて
ひとしきり泣きましたよ。
く〜〜〜悔しさも胸に迫り
どうにもすることのできない恨み辛み。
かわいそうにかわいそうにと
いっぱい心のなかで頭を撫でましたよ。
なんならいっそ「恨み辛みの文学」とか追及してみるのは、どう?
とも言ってみました。

実際、私のサロンは「秘密の本音部屋」です、
私が「恨み辛み」の声を
「今に見てろ!焼き殺してやる!」などと
肩代わりして演じていくと
みなさん実にこぎみよく嬉しそうなニヤリ笑顔になること、なること。

私の「怨恨」魂は
ぴたりと落ち着いたのでした。

まあ、この辺も、書けそうなところから
紐解いていこうと思います。

みなさんも、「思い通りに体が動かなーい」と違和感をかんじたら
ぜひ「感情」のことを心得ている、あなたがいいなと感じる専門家のところに
たずねてみるといいかもしれませんね。

「見失われた感情(エモーション)」をレスキューすることで
思う通りに体は動き出してくれることでしょう。

GOOD LUCK☆

★個人セッションのお求めはこちらからどうぞ 






2015年10月1日木曜日

開運の扉:恐れのない世界〜恐れとか欲望とか人生の障害への自覚を深めて

大好きなお花と、いつも私を守ってくれている
愛犬とを写真におさめてみましたー。
このカットは、私にとっては幸せのシンボルです。むふふ。



みなさん、こんばんは。

恐れとか欲望とか
あるのが人間ですがーーー

人生の行程を進みにくくさせているものの
ひとつでもあるかもしれません。

きょうのNLP応用クラスでちょっぴりこんな話題がでたので
こちらでシェアします。


すべては幻想です。
おのれの真実から映し出されているだけにすぎず

現実、リアルは、あながちそうでもないことは多々ですし

そのことを悟って
こちらのありようを変えれば、
無意識レベルからも相手が演じさせられずにいられなくなる
キャラクターというのも、変化していくものであります。

たとえばこちらに怒りが孕まれていれば
あちら側はなんだか無意識に怯えと
防衛からふるまわずにいられない、などのように。

最上はもしかすると
自然界がそうであるように、太陽のように、
大地のように、海のように、山のように、
懐の深い、とらわれのない姿であるかと想像されます。

相手が安らかなる存在であるとき
私たちの防衛の壁ははずれて、
自然体にふるまうことができるようになるからです。

クロウリーのタロット、本日の一枚は、ディスクの2。
何かが今、変わろうとしているの、
私も確かにインナーワークレベルでもキャッチしています。
この半年の間で、5年ほど取り組んできたスピリチュアルなワークの
殻がようやくもろもろとはげてきたように感じています。
感覚的に、グラウンディング、地に降り立ってきたみたいな感じ。

そこで、私たちを「安らかなる存在」たることをはばんでいる要素を
整理してみました。

1:悲しみ
2:敗北への恐怖
3:無益
4:考えすぎる
5:自己批判
6:目的の破滅
7:完全な失望
8:安逸を貪る
9:心の虚しさ
10:戦い
11:抑圧
12:悩み(心配)
13:失敗への恐怖
etc.

さらにこれらの恐れを加速化させる
「欲望」の問題についての分類は以下のとおり。

1:目上のものに対するこだわりと欲望
2:学ぶことに対するこだわりと欲望
3:目下のものに対するこだわりと欲望
4:伝達することに対するこだわりと欲望
5:身を守ることに対するこだわりと欲望
6:異性関係に対するこだわりと欲望
7:身内・家庭(補佐含む)に対するこだわりと欲望
8:母親に対するこだわりと欲望
9:兄弟姉妹に対するこだわりと欲望
10:父親に対するこだわりと欲望
11:注目される(認められる)ことへのこだわりと欲望
9:お金に対するこだわりと欲望
12:社会で活躍する(スターになる)ことへのこだわりと欲望
13:自己の立場(名声・地位など)を求めることへのこだわりと欲望
14:精神世界に逃げ込むことへのこだわりと欲望(現実逃避)


いずれも私たちの生命力の源ではあるのですが・・・

誰でもどれかは必ず過剰に傾くパターンを持っているはずです。
(そうであって自然)

そして、この欲望のチャンネルを入り口として
私たちは自己を磨いていくこともできることは確かなのですが

問題は、「過剰すぎる」と
上記の「恐れ」のいずれかを生み出すという点にあるかもしれません。

欲望はパワーになりますが
空回りのトラップにもなるというわけです。
よって、「欲望が発露していることへの自覚を持つこと」が大切と、
私は説きたいと思います。


左は蒸し野菜と豚肉のマーマレード炒め。オレンジと豚肉の相性は最高です。
右は、サツマイモとまいたけの発芽米リゾット、奥が野菜トマトスープ。

欲望を捨てろ、といってもそう簡単に捨てることのできるものではありません。
古代東洋思想によれば「自然エネルギー」は「完全燃焼」を指向しているからです。

どのような欲望を自分が今発動させているのか自覚を持つことができると
そのような欲望と共に生きていることに対する人間としての心の器が育つのです。

ところが、「私にはそんな欲望なんてないわ」と綺麗事でおさめたままですと
残念ながら、無自覚にそれはどこかで発露しているにもかかわらず
本人が自覚していないぶん、いっこうに
その欲望とともに生きることがいったいいかほどのものであるのか、
という当人の心の舵取りが作動しはじめないのです。
ですから、永遠に無自覚なおのれの
欲望にからめとられたままとなってしまうというわけです。

もちろん、それもご本人の自由ですから、
どのように生きようともそのひとそれぞれの経験世界ですが、
ただこのような自然エネルギーの原理があるよーということは
ちょっぴりこういう場でご紹介しておきたいなあと思った次第でした。

***

自覚された欲望はエネルギー燃焼を加速化します。
その背後で上記の恐れが働いていることにもアウェアネスを向けられると
さらにいいでしょう。

ああ、私は恐れているんだー。
そうか、私は恐れているんだー。
そうだ、私は恐れているんだよー。

と。

その等身大の自分を認めてかわいがりましょう。
そして耳を傾けてください。

「本当はどうしたいの?」「どうしてほしいの?」

欲望が完全燃焼しきるとき
人間としてのステージはアップします。
(欲望に蓋をしたり、なかったことにするのではありません)

どのようにステージアップするか?

「ほとほと、欲望にはまいったよ。とほほ。
欲望とのおつきあいにはつかれたよ。たはは。
もういろんなことはどうでもいいさねー」

となり、力が抜けて、気の流通もさらさらとして

生きることに対する自由度が高まるのであります。

すなわち「生きやすくなる」ともいえるかもしれません。

***

個人的に。

「失敗への恐怖」や「傷つきへの恐怖」が非常に強い私ですが、

怖がっている自分自身を愛しながら、

心の器を鍛え磨くことによって

自由な心で生きることができるようになっています。

たとえば好きなひとに対して、過去の私ではありえないぐらいの
「水やり」「種まき」「日照」をおしみなく行動しています。
(自分の本質がそれを望むのに対して、
恐れによってブロックされることがなくなりました)

***


あなたにとって、恐れのない世界とは、どのような境地でありましょうか???

そのステートで、毎日をひらりと進まれることを

心より応援したいと思っています☆

★生きやすさを探究するあなたの右腕になります。
個人セッションのお求めはこちらからどうぞ 


2015年9月8日火曜日

【詩】愛を恐れるきみへ〜私自身と大切な人のために

夏の終わりからハマった栄養価高くバランスのとれた食生活ですが
毎日、楽しくて仕方がありません。私は創るのが大好き!
理科の実験気分で、せっせといろんな材料を組み合わせては
身体反応のチェックするのを面白がってます。
だって、体の細胞レベルから元気度が違うんですもの〜。
健全な魂は、健全なボディに宿る★
「なんとなくな空腹感からの」スイーツを体が求めなくなりました!
写真は、プルコギ、ひじき煮、なすとわかめの味噌汁、ベーコンとキャベツのミルクリゾット。
和洋中、まちまちの組み合わせですがこれで、味のバランスいいんだな〜。

愛を恐れるきみへ 
きみの傷が癒えるのを待っている
愛がこわいと
ふるえるきみの肩に手をそっとおく
無理をおして、心のかさぶたがはがれることは、避けたいから
大丈夫、安全であたたかな場所を、きみのためにつくる
誰も邪魔しない、責めない、傷つけない 
もうこれ以上には 
そんな きみがいちばんきみでいられる 場所で自由になって
自分のことにだけ集中するには
私に気をつかう必要もない
無邪気に 無心に 少年のように
自分の好きな世界で存分に羽ばたくがいい
私はいつでもそばにいるから どこにもいかないから
私の心の扉を開く鍵を握っているのは きみだけだから
ひとりで自分と闘うときも
きみはひとりぼっちじゃない 
あなたのマリアになれるようにと 心安らかにして 
祈っている
きみと私は時と空を超えて、とわにひとつ
きみが世界の至る所にでかけようとも
どれだけ羽を伸ばそうとも
愛しいきみが、自分を大事に生きていることは、私の喜び
心を尽くして待っている いつまでも 
いつとはわからなくても 必ずや訪れる 雪解けの日まで

★私たちは、愛がなければ、何もかも虚しいことを知っているのに、
いざ愛を目の前にすると、すばらしく恐れる傾向を持っていますーーー。
愛を信じられないのです。
それって危機管理? え〜。もったいない!
たとえば、それを得られなかったらどんだけ痛いか!など?ん〜。もったいない!
愛の灯火の照るところは、自然の神が教えてくれる、あなたの幸せの住処であるのに!
あなたが恐れる愛こそが、あなたの充足を約束してくれる、人生の幸せの種そのものなのに!
愛について恐れているのは、あなたの大切なその人だけではありません、
あなた自身も愛を恐れていないか確かめてみてください。
あなたの大切な人との愛を得るには、あなたのなかの恐れからも自由になることがキーです。
もしも本気で愛を手に入れる心意気であるなら、どうか恐れているものを手放しましょう。
それはあなたが遠い昔に何かの言い訳のためにこさえた、虚無であり、幻想にすぎないからです。
愛の勇士として恐れという名のモンスターを手なずければ、そのモンスターは化けの皮をはいで、あなたの愛を応援するパワーになってくれるはず。
このひとりでは見えてこない高等領域への旅立ち技術は、ぜひ専門家にお求めくださいませ。

★個人セッションのお求めはこちらからどうぞ 

2015年7月7日火曜日

七夕の夜に想いを馳せる〜魂の恋人同士のための夜

子供の頃から、私にとって
七夕はとても重要な日でした。

私の誕生日が12日だからです。

小学1年生だった私は
七夕の夜のお天気が本当に重要でした。

年に1度の逢瀬がかなわないと
まるで自分の誕生日がやってこないのではないかというような気持ちで、

七夕と自分の誕生とを関連付けてとらえていたのでした(笑)。

また、ロマンティストの私は、
1年に1度だけ許されるふたりの関係に
純なものを感じ取って
うっとりとその日を楽しみにするのでした。

心理学的に考えますと、
これは私の個人神話になってしまっていますね。

私のマインドは望んではいないのですが、
私のスピリットは、スーパーピュアラブを志向していることがうかがいしれます。とほほ。逃れられない私自身を引き受けて生きているつもりです。今は。

現実的になかなか結ばれなくても、
そこに真実の愛があれば、

べたべたな現実のために
冷めた関係をつづけるふたりでいるよりはいい、と。

(え、それって、うちの両親に投影していたものではないかと)

私はものすごく現実的な女性ではありますが、

どこかで激しく精神的な形而上的な愛を初志貫徹しようとする、修道女のような心をもっているのでありました。

さて、七夕の織姫と彦星の暗示は、誰ものなかにある「魂の恋人同士」であるとしたら
みなさまは、どのように思われるでしょうか?

七夕の願いごと、それは、あなたのなかの身失われた「異性性への愛のことば」であるといえるかもしれません。

そう考えるとき・・・。

みなさまのなかの男性性と女性性、

今宵は結ばれているでしょうか?


私のなかの男性性と女性性は、
悲しい恋のお話を紡ぐ形で
ひとりの暗い部屋で昇華させております。

なぜなら、私のなかの男性性は「表現者」だからです。
とりわけ「小説家」なのです。
私のなかの女性性は、圧倒的な少女性と、パワフルな母性の塊ですが。
少女と母性と小説家魂を、こねこね、とさせて、おもちをつくような心で
えんやこらと、パソコンに向き合います。

(あ!このひと寂しいのかしら?と思わないでくださいね。私がお話をつむぐときは、背中に真っ黒な地底パワーを背負ってではないと、取り組めないだけのことなので)


どうか
天高く遥か彼方の星と星のめぐりあいのように、
みなさまにも、素敵な奇跡の夜が舞い降りますように。




2015年5月28日木曜日

魂の核心★本当に好きだからーーー怖くてたまらない。

本当に好きなせいで、怖くてたまらない。

こういう心の動き、魂の働きがあるのをご存知でしょうか?
自分の好きな世界に対して許可をおろしていくのに、
ものすごく時間と技をかけてきている
私です。
技と感性をきかせまくるとアートの領域に突入しますが
最近、感激したのは、Toshi Yoroizukaさんのスイーツです。
チョコレートは何年も前にいただいたことがありましたが
スイーツは実ははじめてでした。
こちらはマンゴフロマージュムースなのですが
か〜ろ〜や〜か〜な舌触りでペロリ!
甘酸っぱさとエアリーさとチーズの優しいコクと
ピスタチオのカリコリとした歯ごたえなど
メルヘンチックな味のロンドであります!

自分がどのような表現をして生きていきたいのか
さっぱりわからず、落ち穂拾いするかのように、
ひとつひとつインナーワークを重ね繰り返し、二次プロセスの違和感に鋭敏になり、
オリジナルの個性化スタイルを探求してきています。
その道程は、今もなお続いていますが、それでもようやく物心ついたころからの
大命題である文章芸術の領域に
エネルギーが回り始めたように感じています。
ここまでのところ、文章芸術にふみだしたいのに、まっすぐそこに飛んでいくことができず、
なぜか「精神世界を縦横無尽にマスターする」方向性に、体が反応していくことが
長らく苛立ちと焦燥感の原因でもありました。
文章芸術に関心のあるひとは、とっくに取り組んでいるのでは?
バラは、バラになる。
私がそこにエネルギーが回らないのは、
私にはその才能は許されていないからでは?
懐疑的でした。

今日、新たにお花をかえました。
今週はランをたっぷり〜。
南の明るくカラッとしたairに
フラートされているのかもしれません。


そういう問いかけは何万回とくりかえしてきました。
ですが、これは、私の「魂がこだわっていること」のひとつであり
通過儀礼としなければならないことであったということが
読み解けてきました。
私は「人間」を描きたいという欲求を子供時代から自覚していますが
そのために、わざわざ精神世界の謎を解いたうえで、臨みたい、というわけだったのですね。
おまけに、精神世界の謎をひもとく人間になるには、
現実的な過程で問題だらけの(精神的に破綻した)歩みを体験的に味わうことも
大事なプロセスだ、というわけなのでした。(私は体験主義者です)
そうういうことだったのか! 
そのことが判明したきっかけは、先日の夢。
激しく、そのお知らせが現れました。
こちらもYoroizukaさんのメロンゼリー。
白ワインがほんのりときいているのですが
ほとんどわからない程度で、甘さと大人っぽさのシンフォニー。
1日に2つのスイーツをあっという間に平らげたのは
私の人生はじめてのことでした。
今後やみつきになりそう。。。
これで1個540円程度だなんて、幸せカモーンすぎます。

私の大好きなひと(男性)が夢に現れて「妻になってくれ」というのでありました。
「ずっと本当に好きだったから、怖くて、自分で満足のいく自分になるまで
勇気を持てなかった
、という告白を受けたのです。
(現実のあの人が、どうであるかは、私にはまったく知るところではありません)

私はただ呆然と気が抜けて、泣けて仕方がありませんでした。
長いこと、遠回りをしてきたからです。
その間に、たくさん、離れ離れであることの
痛い経験も怖い思いも味わってきたからです。
やっと、向き合ってくれるのか、と全身が脱力する思いがしたのでした。
うっすらと、実際のあの人のプロセスにもこれに似たところがあるのではないか、と
予測することはできるのですが、一段深いレベルで読み解くなら
それはある意味で、
私のアニムス(魂・見失われたネイチャー)の告白なのです。
はい。白状しますに、私は、ものすごい臆病でした。自己不信でした。病的に。
自分の表現力と才能にまったく魅力を感じられないのでした。
(女としての魅力にも自信のなさ200%時代も長かったともいえますが)
ランの隙間からちょろりんと顔をのぞかせているのは
なんとかキャンドルというネーミングのお花。
近頃、初めて見るアーティスティックな形をした
お花や葉っぱが増えた気がします。




いまのセラピストのお仕事をするようになり、

自分にみえている世界観を
胸を開いて伝えていくとき
みなさまが笑顔で受け取ってくださり、さらには、
結果につながっていくさまを観察させていただく
数が時間の流れのなかで増えてきたとき、
自分の感性や論理や真理を追究する眼に、

自信がつきました。
私はようやく「自分にOKサイン」を出せるようになってきました。
(あとは、タオセラピーによる入念な自己設定・フレームづくりは
自己肯定度をのきなみあげるきっかけとなりましたでしょうか。
ゆえに、ムダな方向にエネルギーを回すことがなくなっていきました)
ああ、内なる神は、確かだ、と。
現実の結果がどうなるかは、二の次で、
一番大事なことは、私は内なる神の表現しようとしている世界を
心から愛しく思うことができているため、
それを表さずにはいられなくなってきているということ。
そのハートに正直になっていくこと、だと思っています。
遅咲き、すぎるぜ!ピース。
いいの、いいの。
遅咲きすぎるからこそ、手にすることのできるものもたくさんあるから。
精神オタクから進んで、一歩、一歩、文学少女になることから、やり直します。


高校時代に「車輪の下」しか読んだことのなかったヘルマン・ヘッセを
無性に網羅したくなりだしはじめました。
やっと私のお買い物は、インテリア・衣類から、文芸図書へとシフトしはじめました。
そうこなくっちゃね!
(専門図書は仕事のためのものなのでこれまで読んでたけど、
文芸になぜか手がつかなかったのです。
自分が傷つきそうな気がいっぱいしてたから)

今後、私のカウンセリングは、文学的なメタファーが増えて行くといいな、と思っています。
是非お楽しみに!!

★個人セッションのお求めはこちらからどうぞ 

2014年9月25日木曜日

本日ゼクシィ誌様のご取材を通じて新たにしたミッション

愛犬のベッドを新調しました。
アイリスオーヤマの人気商品。わずか2000円ですが
すごく気に入ってくれたようす。私もにっこり。

きょうはリクルート社『ゼクシィ』誌の編集者のかたから
ご取材をいただきました。

テーマは「結婚式の手紙や謝辞のスピーチなどにおける心構えと言葉のひもとき方」。

新郎の方へのアドバイスをさせていただきました。


詳細は本誌発売まで時間があるため
ここでは割愛しますが、

ご担当の方が「発達心理学」を学生時代に学んでいらしたため

深層心理の世界にも興味をしめしてくださり

私も話しやすかった☆

実際に体験してみることに勝るものはないので

「過去でもいいのでなんとなく気がかりな女性」を

イメージしていただき、

その人物像と
「どのように向き合い」
「どのように言葉をつまびらかにしていくのか」

エクササイズもしていただきました。

感性鋭い方のようで
はじめてのワークにも関わらず
一気に「深いところに落ちてしまった」との言。

女性との関係性の
抜本的なテーマにコネクトしてしまったのでした。

:::


「大切な人に抱いている言葉を
単なる意識レベルを越えて
もっとピュアなレベルから
ひもとく行為」の

「真髄」をさわりだけでもご体感いただき

感謝のかぎりです。

「コーナー記事にとどめるのはもったいない内容」

と評していただき、これまた光栄。

「あら、あなた様は私の守護神のようなことをおっしゃる!」と
かえしていた私なのでした(笑)。

***

私の師匠が過去に
某女性誌の方との間で体験したことの、リベンジーーー

(言っていることが難しすぎるために
取材で話したことが「一言も記事にならなかった」という逸話があるとのこと。

実際に、深層心理の世界の奥行きと豊かさを整理して一般化するのは
大変創意工夫の求められるところでして
へたすると単純なエクササイズに終わってしまいかねない部分もなきにしもあらず)



もしかすると私、挑戦していけるのかもしれない。

ふと、そんなことが頭をよぎった今日なのでした。


私の人生かけてのテーマのひとつ、それは

「とても難しいことを、簡単に伝えること」

であることは、20代のときにすでに

予期していたことだからです。

***

今日も一歩!
明日も一歩!

浮き足立たない
確かな行進。

THE CIRCLE OF MY LIFE

2014年9月17日水曜日

因縁解消、本質回帰。「真理子」に戻ってもいいかな。


今日の夜はカウンセラーマインドマスタークラスの授業がありました。

フォーカシングの基礎概念をご紹介しながら
一緒にエクササイズしました。

今ここにいる「実存」感を
「体の内側の感覚をキャッチする力」を得ていただきながら
体験していただきました。

この作用のすてきなところは
「意識できていない自分自身」の指向性とひとつになる瞬間に
違和感でしかなかった身体感覚がふっと軽減されたり
現実において自分が今のプロセスにおいて求めている
一歩が浮かび上がってきたりする点などでしょうか。

そうして、そのときに
心身のリラックス度が高まって
「楽」を感じる方向性がみえてくるということともいえるでしょう。

***

私はこのところ自分自身が
すごーーーーーーく
「本質回帰」していくのを実感しております。

約4年間にも及んで
家系と自分自身の
カルマを解消するために
激しい消費活動にアクセルをふみ
エンジンをふかしまっくってきた成果が実ってきたようです。

(われわれはカルマの中に存在するのですが
カルマに背を向けるのではなく
カルマと戯れる心意気が運命を加速化してくれます)

「陰きわまれば陽に転じる」

ともいわれますとおりです。

消費活動にいっさい心が向かなくなったのです!!
物が本当に邪魔で仕方なくもなり、
現在、実家にいまだに残しているものも含めて
ガンガン一掃しています。

もっぱら気になって仕方がなくなってきたのは

いかにこれまでの長い年月のなかで収集してきた情報を

まとめあげてつまびらかにする作業に専念できるか。


に、しぼりこまれてきました。

そして今ひとつある「違和感」に注意を払ったとき

2006年に戸籍解明した「名前」じゃ
物足りない、と感じ始めたのでした。

つまり
生まれたときの名前「真理子」に戻したいという
気持ちがようやく育ってきました。



2005年のころ。
自分の因縁があまりにも空恐ろしくなって
なかったことにしたくて
(簡単な)家庭裁判までして
変えた名前でしたが、

そんなことしたぐらいで
どうにかなる話ではありませんでした。

根本的な問題としっかり向き合わなければならなかった
その後、やく10年。

未完了だったテーマを
(たとえば、少女性の解放、甘えの問題、
カルマの問題、怒り、嫉妬、恨み、辛み、そのたもりだくさん)
やり倒し、解放そして受容してくることができたおかげで

ようやく待望の「個」ができあがってきました。

正直、家族の因縁との闘いでもあったため
本当に苦しかったです。
必死でした。無我夢中でした。

なんで、自由業しながら、
お金のカルマをうんとこさ解消せにゃならんのか?
(まあ、そういう方はほかにもこの世の中には大勢いらっしゃるわけですけど)

先日、クライアントの方に
「(カウンセラー業をスタートする)
はじめの一歩は怖くありませんでしたか?」
とご質問いただきましたが

「怖い」という気持ちを
左脇に抱えながら
一目散に業火のなかをくぐりぬけていかねればならない
母の姿のイメージで
遮二無二走っただけです。

でも、やり抜いてよかったです。
登山家の気持ちです。

そして、

その因縁解消、嵐が過ぎ去るのを感じたとき。

ふと我に立ち返り始めたのです。

生まれた最初の名前じゃないと

私は「書いて書いて書きまくるひと」になれない気がする!と。

きた!そうきたか!

人生前半に知らないうちに「見失ってしまう自分」というのはけっこうあるものですが

私ってば、自分の名前までも手放してしまったのでした、というわけですか。


そろそろ、
「真理子」意識にもう戻っても大丈夫かな。

そのぐらい確固たる自我意識、
不動の自我意識、

つまり「私は何者か」

がはっきりと浮かび上がり
しっかと引き受ける腹がすわり整ってきたしるしのようです。


そのうえで。

ほかの誰かにはできないこと。
私にしかできないこと。

大事に。

両親がその日に私を生んだ意味、
両親が私にその名前を最初に授けた意味に従って。

これからも精進していきたいと思います。

そうそう、カルマの解消は
大事な「通過儀礼」なのです。

これに背を向けていると肝心の「通過儀礼」をいつまでも
終えられないのです。

因縁って「いやんなっちゃう!」と
愚痴や不満をあげはじめたら
きりありませんけど

言い換えれば
「通過儀礼」でもある、自己刷新、自己開花のための強力パンチ。
ありがたくちょうだいできるような
精神になれたら、相当の大人ものでありましょう。

私も目指しているステージです。