お問い合わせ・お申込みは

お問い合わせ・ご相談・スクール・レッスンお申込みはこち
(お名前・ご連絡先・ご希望メニューをお知らせください)

ラベル 自分らしさを追求 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 自分らしさを追求 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年12月2日水曜日

成功する必要のあるひと、ないひと〜神様はいたずら虫、自然は不可思議満載

きょうの午後は、ニューオータニの
ガーデンラウンジでスコーンセットをいただきました。
ここの日本庭園をみていると心が解放的になります。

みなさん、こんばんは。

「自分の道に一途であること」については
私は大事にしていますが

「真面目になりすぎること」のないようには

努めて気をつけています。

なぜって?

この世は「不可思議に満ちている」からです。

真実と真理は「自分の中にしかない」からです。

それだって「ひとの法」に依っているうちは

「不足感」「不安感」にからめとられていってしまうのです。



どういうことか、具体的にもう少し言っていきますと。

この世の中は自然の不思議な因果のなかにあります。
私は「神様のいたずら虫がいっぱい」と呼んでいます。

それによって
何が起こるか?

努力しなくても、なぜか、どんどん日の目を見ていくケース
努力しても、なぜか、どんどん落ち込んでいくケース
頑張っても、ちっとも、お金に恵まれないケース
何も頑張っていないのに、がんがん金運だけはまわっていくケース
何もしていないのに、愛情をたっぷりと周囲から受け取れるケース
実力はあるのに、まわりから、それほど評価されないケース
実力は大してないんだけど、まわりから乗せられて評価されてしまうケース

などなど
例をあげはじめたらキリがありません。
合理ってそんなにない。
神様っていたずらっ子なんですよ
それに対して、真面目すぎて入られますかい?
ケセラセラ、ひょっとこ踊りするような気分で〜。
が、ちょうどいいのではないかと
私はものごとをイージーにファジーに見つめています。


自然界に
ひとつだけ合理的な法則があるとして
とりあげるなら

「その人らしさ(その人が授かった自然エネルギー)と
環境やライフスタイルや意識のありようが
一致しているかどうか」

でありましょう。

自然エネルギーの観察者として
いろいろなケースを見聞きしていますと

実によく「神様はいたずらっ子」ね〜と、感嘆させられます。

最近、いろんな意見や「私はこれでうまくいった話」が
ネット世界や本屋さんであふれかえっていますけど
そういうのを目撃するたび

オタッキーな私は
そういったかたがたの自然エネルギーを
調べては「ははーん」と頷いてしまうのです。

「そういうタイミングにある」

ただそれだけなんですよねー。

宇宙から訪れたチャンスの波をちゃんと活かしているといえる点で
その方自身はおおいに評価に値するんですけど

それを追随していいかどうかについては
眉唾ものだ、ぐらいに構えてほしいものです。

「自分だけのスタイルを見つけ出すこと」
これができるとハッピー度はまったく違うからですね。

それらのなかには「自分の本質や潜在意識と向き合う!」というものもあります。

いいんですけど、
それも要チェックは、

自分だけのスタイルとは
自分が与えられているエネルギーのすべてのことであることを
ちゃんと述べられているかどうかです。

「自己のすべて」の世界、ここに良いも悪いはなく、単にエネルギー。
思考・感情・感覚・直感、五感、第六感、など
すべてのリソースを指し、これらもエネルギー。
ポジティブもネガティブもない世界です。言い換えると
ポジティブもネガティブも、の世界です。

***

世間一般でいう「成功しているひと」というのは


「究極の究極を問い詰めると、その方の世界観」が
今、時の運に乗っています、という次第にすぎないのですね。

そもそも、成功する必要のあるひと、成功する必要のないひと
これも二元に整理できます。

どちらのタイプであれ
大事なことは、欲望(愛欲・名声欲・金欲・物欲・支配欲など)の域を卒業して
他者に対して「徳をつむ」生き方にまで昇華させられるか、どうか。

たとえば私ごとで恐縮ですが
私は、自分の母親を尊敬します。
理由は、我欲を昇華させて、
持てる精神世界の知識をおしみなく
他者に分け与えているからです。
えらいなーと思うんです。
私みたいにお仕事にしておらず
お気楽にペラペラとしゃべり
お友達たちを楽しませているようです。
私はこういう一介の主婦の姿に「徳をつむ」姿勢を見出し
関心させられるのです。

私の知人たちの多くもそうですね。
ひとを喜ばせるために活躍していらっしゃる方は
おのずと光って見えたりします。
自分のために防衛的に生きている方は
どんなに成功している方であっても
光り方が乏しいものです。

たとえば自分の家族という小さな集団のためになることができていると
自覚を深めるなら
真の魂の充足にあずかることはできるでしょう。

もっとも、それとて自分が小さな集団向きか、大きな集団向きかなど
自分の自然エネルギーとマッチしていないライフスタイルのままであると
不調和が生じ始めます。

肝心なのは、自分はどういうタイプなのか?
深く知ることにあるのではないかと私は思うのですね。
誰かの方法論を追随するのではなくて。

・・・

というのが、中国4000年統治者のための
古代東洋思想エネルギー理論を学んで
たどりついた私の答えでありました。




私のミッションは「世界でオンリー1の個性と自己愛を守ること」にありますため

ここで述べたいのはですね、

世間にでまわっている
「こうするといいんだよ」話は

話半分で、距離を置かれたうえで、

「自分はどうしたいの?」
「本当にそうなの?」

ぐらいの客観性と懐疑の目をお持ちになることは

私などが言わなくても

みんな知っていることかもしれませんね☆

といいますのは「神様のいたずらっ子」の立場からすると

世間の波もひとつの「自分を見つめる相対的な鏡」でしかないからなのだと
私は考察しています。

「そっくりそのまま、その人の言っていることが、
私の人生のすべてを輝かせてくれた」

なーんてことがあったら

私はひっくり返ってしまいます。

クールな私は、「そのひとの死に方を見ないとわからーん」ぐらいに
覚めた目でおります。
そのぐらい「神様のいたずらっ子」ったらお茶目なんですよ。
「神の瞬き」と言われている大運天中殺期間なんてのがあるんですけど
(世間で頭角を表されている方のほとんどがコレが関係している。実力は関係ない)

この期間、人生のわずか15年ぐらいの間、
神はそのひとに栄光を与えるんですけど
その引き際をどうするのかの神のテストなんですよ!!
これがこわーい。
基本的に「ゼロ」にできる「腹」が育っていると合格。
得たものにしがみついてしまうと、神様の側から
「ゼロ」にひっくり返してくれるんです。
(変な事件が露呈して坂転がりに名声が落ちていくような世間話がそれだったりする)


ぶっちゃけ言っておきますと。

「内なる闇と邪」を手なずけていない技法
(これはスプリッティング、解離、乖離を起こしており、どこかで反作用が現れます)
ベストセラー作家やカウンセラーやコーチやヒーラーがいたとしたら、
それは
「ビジネス」として展開していることがほとんどです。

・・・

と、うちの師匠は申しておりましたです。

「俺んところに来てる売れっ子がビジネスって言ってた」って。

私もそれにはおおいに頷けるのでありました。

出版社の編集者さんさえも、
この問題についての疑問符を
私に投げかけてくださることが少なくないですし。

そのひとたちはそのひとたちなりに
一生懸命に頑張って徳を積む姿勢であることは確かなのだとは
私には理解できますし、それはとても尊いことです。

でもその問題と

あなた個人の内なる神様の方向性に忠実に生きること

別のことですよ、と

知っているのと知っていないのとでは

何かが違ってくるかもしれませんね☆

あなたにはあなただけの徳の積みかたというのが
必ずあること

忘れないでくださいね。

そのレベルにまでくることができたら
人生のありがたさや豊かさ、
ものごとのどうしようもない側面をもってしても
自身に与えられた恵みのすばらしさに
感謝する気持ちなど
骨の髄から感じることが
できるようになるでありましょうから。


 宇宙唯一、オンリー1の個性化セラピー「タオセラピー」は
古代中国4000年の統治者のための自然思想の理論をベースに開発しました。
魂の深みから自分にぴったりな存在のしかたを形成して
「自分だけの徳の積みかた」に開かれたい方、ぜひお気軽にご相談ください。
4000年もの時を口伝で受け継がれる理論ともなりますと、
かなり普遍性が高く、真理をつくものであるとしてプッシュします。

★個人セッションのお求めはこちらからどうぞ 

2015年11月30日月曜日

喪失の哀しみをどのように受け止めるか?〜なりたい自分になるためにも


愛犬ポリーちゃん。きょうもセッション中に
セラピスト魂を発揮してくれました☆クライアントの方の声の
波動の変化を察知して、「クゥーン」となくのです!
そのひとにとって大事な二次プロセスのテーマを
スピリチュアルに知らせてくれるのです。

みなさん、こんばんは。

ひとの苦しみの種類は枚挙にいとまがありません。

私はそれらすべてをリスペクトしています。


クライアントの方をはじめ
私の身辺には
「喪失の哀しみ」を抱えているお話が少なくありません。

これは正直言って

とても骨身にしみるキツイものであります。

複雑な心情がからみあっています。


ひとつには

よすがとなる存在が
この世から姿を消したことによる
ぽっかりとした心の空洞感

ふたつめには

その存在がこの世を
去らなければならなくなった因果が
自分にあるのではないかという
罪悪感

相手が自己同一視している
(自分と心の距離が近い存在である)
対象である場合ほど、
まるで自分で自分を傷つけているかのような
痛みと苦しさが隠されています。
少なくとも無意識には。

この2つの心の動きを
親身に理解してくれる誰かに
受け止めてもらうプロセスは

心の浄化(整理・クレンジング)として
とても有用です。

無意識に抱えていたイライラやストレスも
すっきりとします。

この観点も私は大切に
耳を傾けていきます。



そして三つ目が
無意識レベルで
いちばん苦しい理由になるであろうと
私は察するのですが

それは

その存在と「円を描く関係」でありたいのに
その存在と「交わり合いたい」のに
その存在と少なくとも精神レベルで
「手を取り合い微笑みあう関係」でいたいのに

さまざまな感情が交錯するために
(そのなかには、無意識レベルの怒りや後悔、悔しさなどもあります)

求める「精神的な寄り添い愛」に
至りたくても
至りきれない

無意識のもがきとあえぎが秘められるわけです。

これは

現実レベルで、どのような
行動・現象につながっていくかといいますと
(ひとにもよるのですが)

多くは

「なりたい自分になりにくい」

となるわけです。

なりたい自分になろうと一歩踏み込もうとするとき
無意識にスイッチが入って
「それは許されない」さっと迂回・退いてしまうパターン
繰り返してしまうのですね。

***

したがって
ご依頼のテーマが「願望実現」である場合も

身辺に「喪失した存在」があられる場合、

この部分を精緻にとりあつかうことを
暗黙のうちに頭の片隅に置き
お話し合いをすすめさせていただいています。

「許されている」
境地を体感していただくための
創意工夫をこらしていきます。


***

この手のテーマの場合
多くの場合、困った(?)ことに
この心情世界に蓋をして闇に葬り去っていることから
(それはそれで健康的な自我の働きであるゆえ)

ご本人の意識にはまったくのぼってこないという点です。

そもそもは健康的な自我の働きのなせるわざではあったとはいえ

そのために幾度も
「なりたい自分になりたくてもなれないパターン」を
繰り返すこととなってしまうのです。

それが問題とか悪いとかそういうことはまったくないのですが

依頼者の方が「なりたい自分になりたい」というテーマを
持っていらっしゃる場合には
ここは捨て置けない重要な観点、
積極的に見つめていくわけなのです。


心理カウンセリングでしたら、ゆっくりじっくりていねいに
ご本人の口から表現されるのを確かめるようにして、

霊能(スピリチュアル)カウンセリングでしたら、
やんわり知らぬ間にそっと優しく深みに降り立ち
極微レベルに感知されるエネルギーをしっかりつかまえて
核心にドキューンと迫るかのように


読み解き、受け止めていきます。


きょうの夜ごはんはスッキリさっぱりめ。そうめんの冷製パスタ風。
ツナとトマトと焼きなすと玉ねぎとベビーリーフを
オリーブオイルとニンニクのすりおろしであえました。
ちゅるっとお腹に入ってしまいました〜♪

ふりかえってみれば
私は自分が想像していた以上にデリケートな体質すぎるためなのか
「なりたい自分になれない」ことへの「言い訳三昧な体質」(苦笑)なのか

この「喪失の哀しみ」は予想外のところのものを受け取ってきています。

1つは、母が中絶した水子の兄について。
会ったこともないのになぜか8歳のとき母親に
「お兄さんが欲しい」と無茶振りをしていたのです(苦笑)。
ぎょっとした母は告白してくれましたが
子供のころは「流産だった」と聞かされてたのが
30歳をすぎたとき「実は中絶だった」と教えられ
半端ない怒りと悲しみの噴火に襲われたのでした。
会ったことがあるわけでもないのに!
この問題と向き合い癒し、見失われた兄との対話を繰り返し
進むべき道を見つけることができました。

でも、クライアントの方のなかには「望まずして中絶せざるをえない苦しみ」を
語ってくださる方もいて、そういうお話を耳にするたび
私は自分が癒されていくのを感じます。
同じできごとも、立場が違うことによって、
いろいろな苦しみがそこにはあるのです。

2つめはーーこれも、それ!?と驚くのですが
戦死した父方の祖父について。
正直、ここにチューニングすると肉体レベルでの
壮絶な苦しみの波が押し寄せてきます。
私が生まれる30年も昔の物語なのに、
異様にリンクしていて、きつかったです。
おそらく、夫を失った
祖母のこころも半ば入っているようにも思われますが。
この問題と向き合った時にも、
戦争と平和について真剣に向き合うことが答えとなり、
それを意識しているときに
私は「なりたい私になる」流れにストンとのれるのでした。


「喪失の哀しみ」についての話題に面するとき

私は自分に起きたこの2つの哀しみを思い起こし
周囲にいる「喪失の哀しみ」を経験した人間の気持ちに想いを馳せ

深い黒い涙の海にともに沈みながら
受け止めさせていただいています。

あなただけの「許された」世界をご体感いただくために。

★個人セッションのお求めはこちらからどうぞ 

2015年11月29日日曜日

知りたいことを感知する鍵→宇宙からの愛と一つになりきる


こちらは大好きなスワロフスキーの蓮のお花クリスタル。
キラーン、ピカーン。癒される輝きです。
こんな風になって活躍している自分の姿のイメージングを大事にしています。

フィギュアスケートNHK杯の羽生結弦選手の
世界最高得点出し、異次元の舞に
感涙とまりませんでした。

私のなかでは「あれって、ピカソ並の芸術性でね?」
と驚嘆・感服の的でした。

日本中のひとを総毛立たせ、わなわな震わせましたね。
たくさんの愛と勇気をふりまいていたように
私にはみえました。

あの境地が私にはこころから羨ましいですし

私とはまったく異なった持ち物の方ではありますが

天と地をつないで
それとひとつになって訓練と
表現をくりかえす姿勢は

尊敬の的であり
見習いたい・追随したい
お手本のひとつとさせていただいています。

愛はいたるところにあふれているんですよね。
いつもどんなときも包みこんでくれているんですよね。
受け取るか受け取らないかは本人次第。

選手のかたの生活というのは
特殊であろうことは
想像に易いところですが

私も一介の援助職者として
「並の援助職者」ではなくて
「特殊な援助職者」として生きることに
生きがいとやりがいを見出すひとりですからして

生活スタイルは普通ではないことを諦め受容・遂行しています。

私流スタイルは
「棺桶・墓場スタイル」と自分で呼んでいますが
3年前にインナーワークで発見したビジョン
(墓場から白装束着た自分がでてきてゾンビダンスを踊っていた)のとおりに
今なっていることに
驚くような、言わずもがなだったかのようなであります。
このサロン内でダンスはしていませんが(笑)
そのぐらいいつも心を動かしまくっています。



自炊と掃除と散歩のほか
サロンから一歩もでない生活です。
クライアントのかたと向き合う時間と
自分が表現したいことと向き合う時間と
疲れたら横になる時間と
それだけにシンプルにまとまっています。

大学受験のときはこんな感じだったのを思い出します。
食事と勉強と入浴だけ。

命をかけて取り組むからには!
という私の勝気パートがそうさせるのでありました。

とにもかくにも

宇宙の愛とたえず交信しつづけている存在でいたいのです。

この世のものではなーい領域を表現できる自分でいたいと

切望しているので。

修行と訓練
そして
生活スタイル

と大事にしています。

一定の枠内に自ら身を投じることで

現実的な問題からいっさい自由でいることを
守り貫いています。

だって
「私という存在は、宇宙の愛のシャワーの
恵みの中心にいるんですもの!」

問題と思われることも、
ぜんぶどうにかなってしまうものだったりします。

くよくよする日もあるけど

くよくよしている時間ぶん

自分であれひとであれ「お手当」「ケア」するための
時間を設けてあげるほうが
結果的には得策だと
私は思うのです。

「お手当」するとき「宇宙の愛」を私たちは
無意識に受け取ることができるからです。
(簡単な行為としては、「睡眠」があげられますよね)





「あなたは宇宙の愛に24時間包まれている」

「現象は時間の流れのなかで
まだ追いつかないこともあるかもしれないけど
どんな状況にあっても宇宙の愛は
あなたにその優しさに目覚めて
安らいでもらいたがっている」

…と「なりきる」と、

あなたにとって今、目の前にある
「問題」「課題」「願望」は
どのように「feel」されるでしょうか?

私の感じは

ぜんぶなるようになるし〜

です。

自分のケアをたっぷりして
ひとのためになることを一生懸命に追いかけて
やるべきことやって(自分で決めた生活スタイルのこと)
積み上げるべきことをしっかり積み上げていれば

うまくいくときにうまくいくし
うまくいかないようにみえても
ぜんぶ豊かな肥やしだし
「大変だ〜」「辛いよー」は
ぜんぶ愛と優しさのための
美しいスパイスでしかないね、

と。

人生がうすっぺらいものに終わらないように

多層多次元の宇宙は
やまほどトレーニングネタを
投げ込んできてくれるかもしれないけど

ひとつひとつ挑戦して、勇気出して、乗り越えるほどに

清々しいオーラの持ち主
つまり
魅力あふれる人物として

ひとの笑顔のために頑張れる!
彩りグラデーション豊かな人材にと
育ててあげてくれるのではないか

と。

こういうのを
やわらかな人間性とでもいうのではないか、と。


がんばれ、みんな!(いや、私も!)

辛い時や疲れた時は、たくさんあったかいおふとんに
くるまって安らぐことも忘れないでくださいね。

「宇宙からの愛をいつも感じ取ることができるようになると」……

好きなあのひとの気持ちだって感じ取ることができるようになるし
どうなるか不安かもしれないビジネスの案件だって
どうするともっと発展するかの鍵だってみえてきたりする

ひとよんでそれ、インスピレーションといいます。

注意点としては

このとき「オンリー1」のプロセスがインスピレーションとして
浮かび上がってくることは
しょっちゅうなわけですが

「一般的なパターン」しかアイディアが存在しない場合
あるいは
「素敵な◎◎さんのようになることが私の幸せよ!」と
自分と他人を一緒くたにしてしまってたりもすると。

この「オンリー1のパターン」を見落としてしまう、
ということがおこります。

そうなってはせっかくの
「宇宙の愛」がもったいないので

「この世には時空を超えてどんな不可思議なパターンもありまさねー」

きわめて心を広く持つ意識を大事にされると
よろしいかと、私などは思うわけであります。

・・・とはいえ
現実的な雑音をどうやって遮断するのか
それなりの努力が必要かもしれませんね。
精神的なトレーニングが役に立つことでしょう。

さてさて私は今宵はもうちょっと。

「内なる神様」「feel様」「inspiration様」の声に
もう少し耳を傾けてアウトプットしてから
お休みするといたします。

今日もご利用いただきありがとうございました。

みなさまの、心ある道が、宇宙の愛とともに
安らかなものであるよう、お祈りしております☆



今日の晩御飯は、大好きなすいとん汁と、
もやしと豚肉のザーサイ炒めでした。


★個人セッションのお求めはこちらからどうぞ 






2015年11月27日金曜日

エネルギーは伝染(うつ)るから。誰と、何と、暮らすか?


みなさん、こんばんは。

マンションの階下に今年は
クリスマスツリーが飾られました〜。

ホタルみたいにぽわんぽわんと浮かび上がる
ライトのおかげで
あたたかなぬくもりある印象を演出してくれています。

いらした際にはぜひ見ていってくださいね。


先日、私は
「ノイシュバインシュタイン城に住まう
お姫様のような豪華絢爛好き」
ということを発見しましたが、
残念ながらセレブの出自ではアーリません。

ですが「気分」を演出することぐらいはしてみようということで
実家の母に下の写真のような
ゴールドの縁取りあるロマンティックティーカップを
譲ってもらったのでした。(嬉)



お茶の香りも、ブラックローズティーと
華やかなタイプをチョイスしてみました。

たったこれひとつですが

気分が高まります☆

もともと空想するのが好きなタイプでして
バスタブにつかりながら
「ここは◎◎ホテルのジャグジーのつもりで♪」と
イマジネーションごっこをするのが得意なほうではあります。

さすがにノイシュバインシュタイン城クラスには残念ながら
あまりにかけはなれているせいでひたれないので
アイテムの力を借りたのですが

まずまず「エレガントな貴婦人」気分
うまいことトレースできました。(やったー)

感想はといいますと、最高ですね。

そりゃそうです。

自分の本質が指向している世界観ですものねー。

あ!ちなみに贅沢な生活をしたいという意味ではないと
私なりには解釈しています。

「エレガンス」を身に纏いたいのですね。
そのためには日々「優美さ」を意識した生活してないとね。

本当はバレエのレッスンとか復活させたいんですけどね。
(さすがにもう体が硬くなりすぎたので諦めモードなんですが)

つくづく「日々、どのようなことに意識をまわし、
どのような衣食住で暮らしているかは
そのひととなりを決定するのだなあ」と思いました。

私たちはエネルギーですから

「伝染(うつ)る」んですね〜。

その意味でも「どのような人間とおつきあいするか」
大切ですよね。

これもまた「伝染(うつ)る」からです。

ちなみにあけすけにいいますが
SEX(性交渉)は要注意です。
もろもらいます。
ちなみに私は、エネルギーで誰と
誰ができているか、わかってしまいます(笑)
パートナーが変わったり、新しくできたりすると、
そのかたのエネルギーが変質するので
わかってしまいます。

その意味で同じように、気をつけなくてはいけないのは
体をふれてくれるエステティシャンやボディセラピスト
さらには
メンタルに介入してくる援助職者のエネルギーですね。

これらはそのかたの本質と援助職者とのEnergieの相違を識別して
クライアントのかたの持ち物を守れるように
援助職者側が自己エネルギーのコントロールができるようにと
「大きな心の器づくり」の訓練がされていない場合
もろくらいます、ご注意あれなのです。

(簡単にいうと、援助職者側が
自己分析を深く深く掘り下げて
光も影もすべて
それらあるまましっかり認めて
肯定して、そにれふさわしい自我意識を
再構築できているかどうかにもよりましょう)

そういえばあるクライアントさんがこうおっしゃっていました。

「ひとと話しをすると咳がとまらなくなるんです。
ですが、このサロンでお話しているときは、咳はでませんね」

そんな感じです。

今年のクリスマスリースは赤とゴールドを
基調にしたデザインにしました〜☆

そのためにも
自分と向き合うための瞑想やインナーワーク
タオセラピーなどを通じて
「私の本質が何を指向しているのか」を
つまびらかにして

その本質が求めるエネルギーとのおつきあいを
人であれ物であれ暮らし方であれ
なさることを
私は強くおすすめするわけであります。

なぜかというと
自分の本質と異なるものと交わっていると
いろいろな意味で私たちは不調和に
遭遇することになるからです。

人間もエネルギーですから。
そう、このブログを読んでくださっているあなたは
デリケートな有機体ですから。
気をつけないと敏感にうっかり
いろいろなエネルギーに染まってしまって
自分が何なのかわけがわからず
自分ではないものにどんどんなっていってしまうことは
よくあることなのでした。

コミュニケーションレベルの境界線も大事ですが

エネルギー体として「自己を知り、自己を確立する」ことなくして
「自他を分かつ本質的な境界線」はつくりえることができません。

ここがしっかりとつくられてきますと
いっそう自己の本質にとどまりやすくなります。

人間はとかく自己の本質から逃れたくて
仕方がないという性質を持っているのです。
くわばら、ですね。
そのための創意工夫は
やまほど私は繰り返してきています)

さて、あなたの本質は
どのような方向性の有機体として
残りの人生を形づくっていきたいのでしょうね?

見極めて、形成する、お手伝い
よろこんでつとめさせていただいています☆



愛犬ポリーちゃんは
スツールの上が近頃、お気に入り♪
いつでも私を見つめて見守ってくれている
愛しい奴です☆
彼は私にいつも「邪心ないピュアでまっすぐな行動力」を
伝染してくれています。(と、本人は思っている)

★個人セッションのお求めはこちらからどうぞ 

2015年11月26日木曜日

【因縁解消と精神の自由の方向】徳を積む生き方がカッコイイよね

自撮り棒で、斜めにとってみたりもして。

何のために生きるかだなんて
簡単に見つけられるものでもないけど

私は私なりの答えを見つけています。

それは、ジャーン!

「徳を積むこと」

かなっと。

私が自分のことを
「一般的な流れにおさまらない」と思うところって
20代のときから、いっぱい気づいてきてたけど

独身生活で「私とクライアント」という関係性を中心に
時間と労をつぎこんでいるって
ちょっとやっぱり特殊なんでは?と。
しみじみ思うのですね。

でもカエルの子はカエルだし
アヒルの子はアヒル。

自分ではないものには誰だってなれない。

だから私は「世間一般の成功モデル」とかいうやつが
だーい嫌い!
そんなの誰かの憧れの投影の産物じゃん!ってね。
千差万別の世界において
そんなの宇宙の端っこの端っこもいいところ。


「世間一般の成功モデル」を追いかけているひとは
私には不幸にうつるのです。
それは幻想だからです。

自分の真実を生きているひとが
幸福に私にはみえます。

そんななんでもありの自由世界のなかで
ぽつーんと生きていくうえで
何をよすがにしたらいいんだろう?

そう思うこと、誰にもあるんじゃないでしょうか。

そこで問いたいのが

興味関心と生きることの価値を
「世間一般の成功モデル」を追いかけることではなく
「徳を積むこと」に置くことができると

生きることって
もっと楽になるのにな〜

と思う今日この頃です。

そうすると周囲と自分を比べる必要が
まったくなくなっていきます。


偉そうなことをいえるほどのことを
なせているわけでもないのですが
でも私なりに「身を切って生きている」実感があります。

誰のために?もちろん自分のためという要素もありますが
同時に、その自分のためが、ちゃんと、ひとのためにもなっている、っていうところ
大事だと思うのです。

私は長年「過小評価」する傾向が抜けなくて
かなり苦労してきています。
「いえいえ、私なんかがそんな、とんでもない、おそれおおい」とかね。
その反対側にあったものは
「のらくら楽したい」とか「責任取りたくない」とかもあったりして、
「ケチ子」さんだったんですね〜。反省。

「自我肥大」するつもりもないんだけど
自分がお天道様から授かった力量は
ちゃんとお天道様にかえさないとね、と。

だから自分の力量が何なのかも
やまほど相対関係のなか(自分をうつし返す鏡との間)で
吟味しぬいてきましたよ。
この辺は私は相当にオタクだし、
こだわりん坊だし、職人気質マンサイなんで
かなりニュートラルに考察しぬいてきたと自負してます。

それもふくめて「私は何者か」がはっきりとして
「自己愛」を成熟させることができた今、
こころから思えるようになったのでした。

(タオセラピーの功は大きい)

ここまで生かさせてもらってきていることそのものにバンザイ。

そして、その「徳の積み方」はひとによってまちまちですよね。

そのひとだけの「徳の積み方」について
いっぱいいっぱい探っていくことができると
そのぶんだけ「因縁消化」とか「幸福感」とか
高まっていくんではないでしょーかっ。

私はいま、思わぬところで「因縁消化」を実感しています。
(ちなみに因縁消化が促進されると、
いろんなことがどうでもいい度や柔軟度がアップします)

8年続いているカウンセリングサロンの運営も
因縁消化の方向性を感じていましたが
(私は研究者気質なので、運営するのとかが大の苦手であるため)
そこから一歩進んで
「霊能」世界で「鑑定」を重ねていて
もっとさらに因縁消化されているのを感じるのです。

これってものすごいグレーな世界だから
正直、逃げ腰及び腰
思いっきり蓋をしていたんですけど……

私が表現したい「愛の世界」を発見したとき
時空を超える鑑定技術
spiritualに展開しないのは
ギフトの出し惜しみってこったかーと
反省したわけだったのでした。

日々、せっせと損得感情抜きに
自分の力量を惜しみなくご奉仕していくこと。

もったいぶらずに自己を開示していくこと。

苦手なことであっても、それが自分の力量内であれば
しっかりと身を投じていくこと。

勇気いるけど大事な

「徳を積む道」なのね〜。


もとが「けちん坊さん」の私だけに

「ほら、徳を積みたいでしょう?」
自分で自分を鼓舞しています。

日々精進つきませぬ。


★個人セッションのお求めはこちらからどうぞ