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2011年6月4日土曜日

6月26日(日)「お金と仕事の良縁を引き寄せる」深層コラージュセラピーのワークショップを開催します!

今回のワークショップのために、
私がつくった新しい作品です。
私の深い部分に眠っていた
「お金と仕事」に対する深淵なエネルギーが形になりました。
名付けて「DREAMLAND」です★

 みなさま、こんばんは。



 ご時世がら、お仕事のことで悩んでいらっしゃる方は少なくありません。

 『死ぬまで仕事に困らないために

  20代で出逢っておきたい 100の言葉』(かんき出版)などといった著作が

 近頃スマッシュヒットを飛ばしていると、親しい編集者から耳にしました。



 そんな時代の閉塞感をいかに突破していけばよいでしょうか? 



 心理療法家としての、私のひとつの答えは、より多くのかたが、

 自分の「ナマの欲求」や「生きた挙動」に

 ダイレクトにつながることができるようになることにあると思います。



 なぜなら、「ナマの欲求」や「生きた挙動」にこそ、

 私たちが今を生きるうえで有用な集合無意識的な声をはらんでおり、

 さらにはイキイキとした創作魂の源泉でもあるからです。



 そしてイキイキとした表現をくりだす人間のもとには、

 たくさんの注目が寄せられることは、みなさまも想像に易いのではないでしょうか。



 この先、どのように進めばよいか?

 答えは、自分の内側だけが知っています。



 誰かの成功論や仕事スタイル、マネーライフが

 あなたにもあてはまるわけではありません。

 

 誰かの方法論をまねするだけでどうにかやりすごそうとする時代にも

 限りがあるように、私には感じられます。




1枚目をつくったら、もう1枚つくりたくなったのでした!
もっとろ過されて、新たにでてきたのがこちら。
「SWEET DREAM」とタイトルをつけました。
私にとってお仕事やお金とは、
「恋するような気持ちで得るもの」との
お告げにあいなりましたw
でもそう考えると、すっごくうきうき、わくわく、楽しくなります。
 これからは、ひとりひとりが自分流のスタイルを自ら胸を張って

 オートクチュールできるようになることが、求められていて、

 そこにこそ、経済面での、新たな希望と生産力につながるものと思っています。



 とりわけ仕事やお金は、解放された精神のもとに集まりやすいものです。

(じつは人間関係も同様です)



 あなたにとって解放された次元とはどのようなエネルギーをもっているのでしょう?

 それは、どのような世界観を描いているものなのでしょうか? 

 その自分の無意識りに抱えている世界観を、

 いったん表に出し、それこそがあなたの目指すべきところとして、

 旗を立てることに興味はありませんか? 



 またそこに描き出された世界観(もともとあなたの胸のうち深く眠っているもの)と

 24時間、ひとつになって、生まれ変わることができるとき、

 今までのあなたからだけではなかなか出すことのできなかった、

 新たなパワーが発揮されていることに、きっと気がつくことでしょう。



 その「ナマの欲求」を掘り起こすプロセスが、

 この深層コラージュセラピーです。

 新たな活路を見出す一手として、

 はたまた、より理想とする自分自身のお金とのかかわりかたや、

 仕事のしかたを見つめなおすチャンスとして、

 みなさまのご参加をこころよりお待ちしております。





★深層コラージュセラピーについて詳細はこちら▼

(流れや意図など詳しい説明をUPしました)

http://www.fiore-salon.com/Collage.html

★過去の参加者の声はこちら▼
http://chiyokoosaki.blogspot.com/2011/01/blog-post_05.html


★こんなひとにおすすめです


・お金や仕事について「壁」を感じているひと

・新しい自分にバージョンアップしたいひと

・かなえたい夢のあるひと

・願いをかなえるための羅針盤を手にしたいひと

・自分に隠された「本当の欲求」を見つけたいひと

・変わるための突破口を見つけたいひと

・かわいいもの、素敵なものが好きなひと

・ものをつくるのが好きなひと

・心理セラピーに興味のあるひと

・男性も大歓迎です!

★日時

 2011年6月26日(日)10時~14時

※途中、30分間のランチ休憩あり

★場所

赤坂カウンセリングサロン fiore



★定員 6名 



★料金


ワークショップ代 5,000(円/税込)

材料費 2,000(円/税込)

額縁代 3,000 (円/税込)

総 計 10,000 (円/税込)




★ご持参いただきたいモノ

今回のテーマで使いたい

写真やペーパー類、自由に




★お申し込み・お問い合わせ方法

contact@fiore-salon.com まで

「参加希望」のむね

●お名前

●ご連絡先住所

●ご連絡先お電話番号

●ご連絡先メールアドレス をご連絡ください。





★参加費用をお振込みいただく先の銀行と

詳細についてのご案内をいたします。




。,゜. o。 。+ ☆。,゜. o。。,゜. o。 。+ ☆。,゜. o。



大崎智代子 090-1434-4676

http://www.chiyokoosaki.jp



★ブログ★

http://chiyokoosaki.blogspot.com



★twitterでご一緒しましょう★

http://twitter.com/koibumiya



【tel/faxno.】03-3479-9089

東京都港区赤坂4-8-7赤坂スイートレジデンス502

【赤坂見附駅徒歩4分 赤坂駅徒歩7分】〒107-0052



【主宰サロン】

カウンセリングサロンfiore http://www.fiore-salon.com

恋文屋.com http://www.koibumiya.com

2011年5月13日金曜日

5月13日(金)朝6時55分~テレビ朝日『やじうまワイド』に出ます

なぜひとはあるがままの自分を否定してしまうのでしょう?
その背後には「愛情」の問題が
複雑にからみあっていることは多々あります。


明日、2011年5月13日(金)朝6時55分~7時15分放送予定



テレビ朝日『やじうまワイド』で



タレントの上原美優さんの自殺に関しての考察にご協力いたしました。






****

みなさま、こんばんは。



今ほど、御取材にいらしたスタッフの方が御帰りになられたばかりなのですが、



明日の朝6時55分~7時15分ぐらいに放送予定の



タレント上原美優さんの自殺に関しての



考察をコメントさせていただきました。





どのような心理で自殺にいたったのだろうか?



どのようなことが本当(自殺を防ぐに)は求められていたのだろうか?



など、お話させていただきました。





これからディレクターの方が編集なさるので



どの部分が放送されるのかは未定ですが、



もしよろしければ(お時間が許しましたら)



ぜひ朝の番組、テレビ朝日さんにご注目いただけましたら幸いです。



自殺者が3万人を超え続けている、この10数年であることを念頭に、



どのような周囲の配慮が大切なのかということに、気持ちの軸足を置きながら、



まごころをこめて質疑応答させていただきました。









ご参照いただけましたら光栄です。





みなさまと、みなさまのまわりのかたがたの

やわらかなこころと、笑顔のたえない毎日を

日々お祈りしております。

2011年5月2日月曜日

自分は【ダメ】なんじゃないかという恐怖にどのように克つか?

「私は【ダメ】なんじゃないだろうか?」

そんな恐怖と劣等感を乗り越えていただきたいなぁ~

といつも願っています。

私の中にもじつはいつもそんな声はあって、

その声とは、こんな風に向き合っています。


「私は【ダメ】なんじゃないだろうか?」

「そんなことないよ!絶対にそんなことない!オールOKだよ!」

「でもー」
「だってー」

そんな声がやってきたら、問い返します。

「誰からのすりこみで、【ダメ】診断がおりているの?」

「何との比較のなかで、【ダメ】診断がおりているの?」

あるいはもしかすると、

性格的な部分によるところが大きくて、

ひょっとしてあなたはときに他者に対しても
とかく【ダメ】出しをしていることが多いのではな~い?

あるいはもしかすると、

理想の自分の姿に追いついていないせいで
【ダメ】診断をくだしているの?
ーーーだったら、答えはシンプルで、
理想のための一歩を今すぐはじめようよ!
何かDOしてる?

じつは私の場合、
こんな自問自答を
お花との対話を通じて得ていたりします。

近頃、自分の本質は花のエッセンスであり、
その花のエッセンスにしっかとつながっているときに、
こころの平和が得られることに気付いたからでした。

そして花のエッセンスは見事に
すばらしい答えを教えてくれるのです。

わかりやすい(認知しやすい)フィギュアをあえて設けたくて、
私は自分の本質(魂)の一部が「花の妖精(フェアリー)」であるとして、
その「花の妖精」だったら、どんなふうに対応するのだろうか? ということを基準に活動するように心がけ始めました。

するとすこぶるいい感じ!

みなさまのなかには私と花の精とがかけ離れて思われる方もいるかもしれませんが、
私のソウルはここに根ざしていたんですねえ~。にんまり。

ここをつかんだ私は強いですわ。えっへん。

なんといっても、自我レベルの枠組みだけでなく、
自己(魂)レベルのおのれの本質とがっちりつながることができたからです。

この取り組み(プロセス)は、本当にみなさまにぜひおすすめしたいかぎりです。

今日おいでくださったクライアントは、
夢にあらわれたフィギュアを通じて、
日常を生きる自分では掌握しきれていなかった
自分の魂の叫びに直面化していらっしゃいました、

やった!

そこが統合されるようになると、
本当、体調も精神も、人間関係も、いろんなことが好循環していくようになるからです。

裏を返すと、現実世界で何か不調和があるということは、
まだソウルレベルのテーマを、ソウルレベルのオノレをつかみ切れていないという
シグナルと解していただいて、なんら問題ありません。
(いえ、むしろ、素晴らしい洞察につながることでしょう)




もちろん私はまだまだ修行の道程にある(死ぬまでですが)身、
いたらぬこと、ダメなことは、きっと今も、これからも、あることでしょう。

お気楽ご気楽楽観主義者とののしられることは本意ではありませんが、

ダメな場面に直面したら、つど修正させていただき、つどまなばさせていただき、

次につなげていくことを努力しよう、

そんなスタンスに立つことで、

恐怖や劣等感から逃れることが可能になります。

それでも執拗に追いかけてくる恐怖や劣等感がある場合、

その方にはひとまずよすがとしての【器(コンテイナー)】が必要でしょう。

受け止め手です。

私たちの自我に抱え切れる感情には限りがあり、

それ以上の感情や思いがいつも、私たちからあふれ出しています。

それを漂流させたままでいるよりも、

「おのれが何たるか」「おのれのものはおのれのうちに返す」ことのために、

まずはその領分の境界線をともに見つけていくことのできる

専門家が有用です。

それが私のお仕事になるわけですが。

ひらたくいうと、「おのれのありのままを受け止めることができるようになる」ということですね。

そうすることができるようになるには、お時間もいるかもしれませんが、

着実に、過度に自分を責めることはなくなり、

他者を攻撃したくなる想いがもしも伴っていたとしたら、

そういった気持ちも軽減されていくことと考えられています。


よろしければぜひご参照ください。

2011年5月1日日曜日

【詩】生きることの哀しみ

最近、購入しましたオランダ製の壁飾り。インドのサリーで
たくさんのハートをかたどって連ねたタペストリーなのです。
同色のスタイルカーテンを重ねて、ハートを濡らす雨のように。
哀しみの雨が降っている。

生きるために、きれいごとをかかげるひとたちのなんて多いことか。




希望




生きるために、どれも不可欠なことは確かだけれども。



きれいごとをかかげて、大ぼら吹きになっていることを
忘れているひとたちの何て多いことだろう。


哀しみの雨がしとしとと、大地を濡らす。


ひとの道をすくいに導く、真実はそこにはないだろう。


もがきや苦しみを味わうことのできるものは、幸い。



翼の折れた天使たちの目には、赤く燃える怒りの涙がにじんでいる。


ありのままを是とする大人たちの何て少ないことだろう。


哀しみの雨が、荒れ狂う大海原に打ちつける。


【私】とは何者だ?

なりたい私になることのできるものは幸い。

はからず【私】の道を別ものに譲るひとの何て多いことだろう。


運命の輪はいつも静かに回っている。

私にはどうにもすることのできない、運命の輪よ。

音を立てることなく、私をどこに連れていくのだろう。


あるがままを偽り、目をそむけて

あらがえばあらがうほど、もつれていく糸に苦しめられる、悲しきひとの人生。


深い哀しみの涙を流せるもの、

深い哀しみの嗚咽をあげることのできるものに

金色の星屑のシャワーは降り注いでいる。

遠い宇宙(そら)のまたたきに追いつくことのできる日まで、

優しく包み込むように。



****

たくさんのクライアントの人生の道程におつきあいさせていただきながら
私のハートにも立てられた爪痕は数知れません。
私もここを訪れる方々のようにたくさんの痛みをすでに経ているからであり、
共感させられる心模様が五万とあり、
また類似した経験を持ちえていなくとも
同じひとりのハートを抱くものとして気付かされる
人生の、人間の、幾千万通りもの心模様に、感じさせられるものは、
広大無辺の宇宙にも等しいのかもしれないと言いたくなるほどだからであり……。

そのさまざまな爪痕のうずきに従って
言葉にしてみました。

白い涙にも、黒い涙にも、祝福あれ。

2011年4月28日木曜日

「思うようにいかないこと」が人生という名の【アート】の一部なら?

生きていると色々な事が起こります。

思うようにいかないことを目の前に、

哀しみ、怒り、やるせなさ、せつなさ、ときには絶望さえも

感じることは少なくないでしょう。

そんなとき、私は20世紀を代表する画家の巨匠

マルク・シャガールの言葉を思い出します。

「変容をみるんだ、変容を」。

ほかの画家の作品を見るときのポイントについてのセリフです。
シャガールの記録映像のなかでそのように述べているワンシーンがあります。

画家が絵を描くことと向き合うとき、そこにはその画家の精神の変容プロセスが映し出されます。

そのプロセスを観ることで、その作品の価値や趣き、味わいが現れるというのでしょうか。


私はこの言葉が大好きです。

なぜなら、私たちひとりひとりの人生もまたアートである、

と私は思うからです。

思うようにいかないできごとにでくわしたとき、

その思うようにいかない渦中にもがき苦しみ、絶望を味わい尽くすことの重要性ももちろんありますが、

同時に、絵画を見つめるひとりの画家のように、

自分の人生の「変容」に目を向けて、

そのプロセスをひとつのアートととらえなおし、

どのように修正を入れていこうかと、腕組みしながら模索することも

有用なのではないでしょうか。

また、この言葉は次のようなこともいうことができます。


思うようにいかない出来事とは、

あなたの人生という名の一大作品を

完成させるために必要なプロセスであり、

あなたの中から何か大事な「変容」を引き出そうとするためのものである、とも。


だとするなら、あなたにとって「思うようにいかないできごと」は

どのような意味合いを含むようになるのでしょうか?


これをご覧になったあなたは

どのようなことを連想されましたか?

私はそのあなたの連想に、とても興味があります。

2011年4月17日日曜日

命の花々へ、感謝の祈り

あでやかなもの、小さくかれんなもの、

まっすぐなもの、ふくよかなもの、

淡いもの、濃厚なもの……

どんな種類であっても、私は花々が大好きです。

花のありようを見つめているだけで、

「ただそこにいるだけでなんて愛に満ち溢れているのでしょう!」と感動します。

一生懸命に咲いては、時とともに散りゆく、
その美しくも潔い生命(いのち)に目を見張ります。


私のこころにはいつもたくさんの花々が麗しく咲き誇っています。

できることなら、部屋いちめんが花のじゅうたんと化すぐらい

色とりどりの花々をぎっしりとしきつめたいほどです。

おかげで、花をモチーフとしたインテリア雑貨にはほんっとに目がありません。

あふれんばかりに花弁を広げている花の姿を描いたものがとりわけ大好きです。

目のつくところ、いたるところに置くことで、私のこころはほっと安らぎます。


みなさま、『はてしない物語』の著者である

故・ミヒャエル・エンデ作の『モモ』を読んだことはありますか?

ひとの話を聞くのが上手な不思議な少女モモの
「時間どろぼう」たちとの闘いをめぐる冒険物語。

「時間とは何か?」という問いに対する、
エンデさんの風刺小説なのですが、

そのなかで

<時間の花>が最後に登場します。

私たちひとりひとりの命は、花そのものであり、

その花の咲いてはしおれていくまでの時間が、

そのひとの寿命である、という

ひとつのメタファー(隠喩)が用いられています。


私は“純粋真っ向真剣勝負”となる

クライアントとの時間をこのうえなく愛していますが、

その理由を胸のうち問うと、こんな風に答えが返ってきます。

「そのかたそのかたの“命の花”をそこに見出すから」、と。

あらゆるかたのドラマの中に、

私はそのかたの“命の花”の声を聴き取ります。

すべてのひとに、自分だけの、自分らしい、自分にしか許されていない

“命の花”が咲いています。

その美しさに、その力強さに、その生命力に、

まごころからの誇りと自信をもって生きて欲しいーーー

祈りをこめて、おいでくださるあなたといつも向き合わせていただいています。

私が、あなたのなかの“命の花”を見出す時、

私のなかの“命の花”が、

喜びの歌をくちずさみながら、風にのって合唱しはじめます。

私は花々が咲き誇り、この世界を埋め尽くしていくことが、

こころから嬉しいのです。


喜びをいただき、今日も本当にありがとうございます。

2011年4月7日木曜日

あなたの愛の世界は何ですか?~哲学的な愛の告白とは

キャス・キッドソンのサシェ(香袋)とソーイングクッション。
女性が最高にラブリーな気持ちになれるモチーフを
上手に組み合わせていて、とっても愛らしいのです。
みなさま、こんばんは。
久しぶりのポストです。


このたびの甚大な震災によって影響を受けたみなさまにおかれましては
こころからお悔やみ申し上げると同時に、
一日も早い復旧と復興を祈ってやみません。


そのためにも、街のいたるところで小さくても自分にできることとして
たくさんのかたがたがいろいろな取り組みをしていらっしゃることを
とても素晴らしい人間的な活動のひとつとして敬服いたします。


同時に、こころの世界を大事に生きるものの立場から……


少しでも支えになればと思って、私の意見をここにのべさせていただきます。


震災によって多くの被害を受けたわけでもないにもかかわらず
日常的な報道に目と耳と心を傾けることを続けていたら、
私はがたっと免疫力が落ちて、人生はじめての花粉症に見舞われてしまいました。


そこで学んだことは
「あ、心を砕くのはいいが、砕きすぎて、自分を見失ってはいけない」
ということでした。


そこで私は今まで以上に、自分の愛でる世界にどっぷりと耽溺することを
意図的に選択することにしました。


リボンは、フランスの直輸入ものです。
コラージュする感覚で楽しく
リボンやシール、マスキングテープを配置しました。
好きな哲学書の世界にひたり、
私の愛する花と夢と希望と愛の世界を見事に具現化している
イギリスの今やメガブランド、キャス・キッドソンのコレクターと化し、
目につくところいたるところ、キャス・グッズづくしを試み始めたのでした。
(なんといっても、自分でキャスデザインのペーパーをつかって
ブックカバーをつくってしまわずにいられないぐらい!)


そこに投影しているエッセンスは、
私の幼少のころの記憶。
アメリカで自由を歌い、
のびやかな日差しのもとで、
声高らかに、かけまわり、友達と遊び、
好きなお話の世界や、夢物語にうつつとなり、
すぐそばで母が手編みのセーターをぬい、
キルトのパッチワークをぬい、
そんな家庭的で天真爛漫で、自己に誇りをもって
羽を伸ばすことができていた、あのころの
においや空気のなにもかもが、
私には、キャス・キッドソン女史が描く
花の世界に感じ取るようになってしまったのでした。


キャス・キッドソンが日本で派手に展開しはじめるようになって
4年になりますが、今まで「好きだなあ」ぐらいにしか思っていなかったのですが…
自分でもあれまあ、不思議。
このタイミング(ずっと続けている自己探求のプロセスと
震災の心理的な影響とが交差するように
私を押し出している気がします)で、きてしまいました。


今は「意図的に」選択していますから、
熱狂的なファン状態です。
バッグはもちろん、キッチン、ステーショナリー、ベッドルーム、ソーインググッズ、
バスルーム……日常の目のつくところのそこかしこに、あののびやかで明るい、
日の光をたっぷりと浴びているかのような自由いっぱいの花々の模様を配置したのでした。


(しみじみここまで意図的になると、私は自分のエネルギーの強さというか、
しつこさのようなものが、本当に激しいなあと、可視化できたのでした
かえってよかったです。
妙な自信になったといいましょうかw
やるなら、とことん!
中途半端に手を出して中途半端なところで手をひっこめるという
過去の私のパターンから卒業できた感じがします)


そして、そのこころで魅了された次の文章をご紹介します。


みなさまにとって最大の関心事のひとつであろう「愛」についてです。


私が最近、気に入っているフランスの30万部ベストセラーの
哲学者でソルボンヌ大学の先生でもある、ア
ンドレ・コント・スポンヴィル氏の『哲学はこんなふうに』より。


**以下、抜粋***


哲学的な愛の告白ってどんなものだろうか。
それは、たとえば次のようなものだろう。

プラトンの考えでは、愛とは、
「ぼくは君を愛している。ぼくには君が欠けている。ぼくは君が欲しい」というものだ。

アリストテレスやスピノザの考えでは、愛とは、
「ぼくは君を愛している。君こそがぼくの喜びの源だ。そのことがぼくには嬉しい」というものだ。

シモーヌ・ヴェイユやジャンケレヴィッチの考えでは、
愛とは、
「ぼくは君を、とるに足りないものでありほとんど無に等しいぼく自身のように愛している。
ぼくは君を、神がぼくたちを愛するーーー神がいるとしての話だがーーーように、愛している。
ぼくは君を誰でもと同じように愛している。ぼくは自分の力を君の弱さのために発揮し、
ぼくのささやかな力を君の底なしの弱さのために発揮しよう・・・・・・」というものだ。

エロスはわがものにしようとする愛であり、享受することか苦しむことかしか知らず、
手にいれるか失うかしか知らない愛である。

フィリアは喜びを分かちあう愛であり、自分によくしてくれる相手によかれと望む愛である。

最後に、アガペーは受け容れ保護する愛であり、与え自分を放棄する愛であり、愛されようと思うことさえしなくなる愛である・・・・・・。

ぼくはこれらすべての仕方で君を愛している。
ぼくはむさぼるように君を自分のものにし、君の人生を、君との夜を、君の愛を、喜びをもって分かちあい、穏やかに自分を与え、自分を放棄する・・・・・・。

君が君でいてくれてえありがとう。いてくれてありがとう。
ぼくが生きる助けになってくれてありがとう。


****

おわかりかとは思いますが、
プラトンの考えは、エロスです。
アリストテレスやスピノザがフィリア。友愛です。
最後のシモーヌ・ヴェイユやジャンケレヴィッチの考えがアガペーです。

そしてそれらすべての愛をもって生きるのが、スポンヴィル氏のもの、と。

なぜ私がこれをここで紹介しているかといいますと、

体感していただきたくみなさまとおつきあいさせていただいているのが、

このスポンヴィル氏の唱える3つの愛すべて、だからです。

これはキャスのデザインではないんですが……
艶やかさに惹かれてPC前にピン止めした生地です。
USAのアンナ・グリフィンといって
スクラップブッキング界のデザイナーとして№1のかたのもの。
私はただただこの愛の世界に身をゆだねているとき、
本当に幸せです。
どんな孤独も豊かに感じられてしまう。
むしろ孤独であるほうが、本当の愛を見失わずにすむこともあるかもしれません。

この喜びを少しでもここでお伝えできたら、うれしいなと思って。

意図的にこの自分だけの愛の世界をこの世に見だし
身を寄せているとき、ひとは幸せを感じられるのだと私は考えています。

もちろんそこに親しみたい誰かもいっしょにジョイインしてくれたら
こんなにまた豊かなこともないでしょう。

おかげさまで私の花粉症は見事にケロリとしています。

さて、これからまたカウンセリングの夜の部がはじまります。

また近々ブログでお目にかかれることを祈りながら。

ごきげんよう。
みなさまの愛の世界はどんなものでしょうか?
ぜひいつくしみ倒してみてください。