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2015年11月26日木曜日

【因縁解消と精神の自由の方向】徳を積む生き方がカッコイイよね

自撮り棒で、斜めにとってみたりもして。

何のために生きるかだなんて
簡単に見つけられるものでもないけど

私は私なりの答えを見つけています。

それは、ジャーン!

「徳を積むこと」

かなっと。

私が自分のことを
「一般的な流れにおさまらない」と思うところって
20代のときから、いっぱい気づいてきてたけど

独身生活で「私とクライアント」という関係性を中心に
時間と労をつぎこんでいるって
ちょっとやっぱり特殊なんでは?と。
しみじみ思うのですね。

でもカエルの子はカエルだし
アヒルの子はアヒル。

自分ではないものには誰だってなれない。

だから私は「世間一般の成功モデル」とかいうやつが
だーい嫌い!
そんなの誰かの憧れの投影の産物じゃん!ってね。
千差万別の世界において
そんなの宇宙の端っこの端っこもいいところ。


「世間一般の成功モデル」を追いかけているひとは
私には不幸にうつるのです。
それは幻想だからです。

自分の真実を生きているひとが
幸福に私にはみえます。

そんななんでもありの自由世界のなかで
ぽつーんと生きていくうえで
何をよすがにしたらいいんだろう?

そう思うこと、誰にもあるんじゃないでしょうか。

そこで問いたいのが

興味関心と生きることの価値を
「世間一般の成功モデル」を追いかけることではなく
「徳を積むこと」に置くことができると

生きることって
もっと楽になるのにな〜

と思う今日この頃です。

そうすると周囲と自分を比べる必要が
まったくなくなっていきます。


偉そうなことをいえるほどのことを
なせているわけでもないのですが
でも私なりに「身を切って生きている」実感があります。

誰のために?もちろん自分のためという要素もありますが
同時に、その自分のためが、ちゃんと、ひとのためにもなっている、っていうところ
大事だと思うのです。

私は長年「過小評価」する傾向が抜けなくて
かなり苦労してきています。
「いえいえ、私なんかがそんな、とんでもない、おそれおおい」とかね。
その反対側にあったものは
「のらくら楽したい」とか「責任取りたくない」とかもあったりして、
「ケチ子」さんだったんですね〜。反省。

「自我肥大」するつもりもないんだけど
自分がお天道様から授かった力量は
ちゃんとお天道様にかえさないとね、と。

だから自分の力量が何なのかも
やまほど相対関係のなか(自分をうつし返す鏡との間)で
吟味しぬいてきましたよ。
この辺は私は相当にオタクだし、
こだわりん坊だし、職人気質マンサイなんで
かなりニュートラルに考察しぬいてきたと自負してます。

それもふくめて「私は何者か」がはっきりとして
「自己愛」を成熟させることができた今、
こころから思えるようになったのでした。

(タオセラピーの功は大きい)

ここまで生かさせてもらってきていることそのものにバンザイ。

そして、その「徳の積み方」はひとによってまちまちですよね。

そのひとだけの「徳の積み方」について
いっぱいいっぱい探っていくことができると
そのぶんだけ「因縁消化」とか「幸福感」とか
高まっていくんではないでしょーかっ。

私はいま、思わぬところで「因縁消化」を実感しています。
(ちなみに因縁消化が促進されると、
いろんなことがどうでもいい度や柔軟度がアップします)

8年続いているカウンセリングサロンの運営も
因縁消化の方向性を感じていましたが
(私は研究者気質なので、運営するのとかが大の苦手であるため)
そこから一歩進んで
「霊能」世界で「鑑定」を重ねていて
もっとさらに因縁消化されているのを感じるのです。

これってものすごいグレーな世界だから
正直、逃げ腰及び腰
思いっきり蓋をしていたんですけど……

私が表現したい「愛の世界」を発見したとき
時空を超える鑑定技術
spiritualに展開しないのは
ギフトの出し惜しみってこったかーと
反省したわけだったのでした。

日々、せっせと損得感情抜きに
自分の力量を惜しみなくご奉仕していくこと。

もったいぶらずに自己を開示していくこと。

苦手なことであっても、それが自分の力量内であれば
しっかりと身を投じていくこと。

勇気いるけど大事な

「徳を積む道」なのね〜。


もとが「けちん坊さん」の私だけに

「ほら、徳を積みたいでしょう?」
自分で自分を鼓舞しています。

日々精進つきませぬ。


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2015年11月25日水曜日

【夢の現実化の鍵】充足した自尊心のために《何になりきる》か?


みなさん、こんばんは。
最近、やっと「自撮り棒」を購入しました〜。

いろんなアングルからショットをおさめられるので
楽しいです〜。

きょうは早速、こんな写真をとってみました。
愛犬ポリーちゃんがスツールに座ってたので
床に腰を下ろし・・・
目線を彼に合わせて、上めアングルから〜。

いい思い出をいっぱい残せそうです。ふふふ。

艶やかな赤いお花を眺めていると
エレガントさを思い出させてくれます。

きょうはパワーの源について書きます。

「自己を一致させること」

(自分の中にあるあるままのエネルギーを、
単に対立しあうエネルギーのままに終わらせるのではなく
1つの個性にまとめあげて行動に落とし込むこと)は、

豊かさを感じて生きるうえでとても大事なテーマです。

(*私の問題解決のカウンセリングに
はじまり個性化のためのカウンセリングは
心理レベルであれ、霊能スピリチュアルレベルであれ
つきつめるところ、このための対話が繰り返されていくわけです)

みなさんの行動は、その根っこに
「どのようなアイデンティティ」の
あなたがいると思われますか?

もしもそれで「思い通りにならない」ストレスを感じているとしたら
「(主体者によって)取り残された」「見失われたあなた自身」の
某(ある)キャラクターが
あなたのどこかで隠れて待っているということができるでしょう。

これは「充足した自尊心」にも通じる大事な問題です。

どういうことか?
たとえば私も、今日こんなことがありました。

つくりかけのサイトと向き合っていて
言葉をおろしているのですが
ややもすると「書く気が失せて眠くなる」のでした。(笑)

そこでこんな風にチェックしました。

「どのような環境(枠組み)があれば書く気がするのかしら?」

最も深い自分を自分の内奥に
見つけ出して、たずねます。

するとボンと飛び出したビジョンは「ノイシュバインシュタイン城」!
(シンデレラ物語にでてくるお城です)

そこに投影されているエネルギーは、豪華絢爛なお姫様世界です☆

私の今のサロンは一応小ぶりながらホワイトカラーベースに
ゴールドをアクセントにしたインテリアです。
スワロフスキーのクリスタルや
ルイヴィトンのトランクに
白いマリア様をあわせて
ヨーロッパの空気を感じられるようにしています。

それでも十分、幸せであったのですが
「ノイシュバインシュタイン城」は、もっと派手!

私のなかの「少女パート」がそのお城のなかで
ロマンティックなドレスを着てお絵描きをしているのです(笑)

きょうのランチは鶏肉のブロッコリーと
きのこのカシューナッツ炒め、そしてコーンリゾットでしたよ

つまり、私が文章をストレスなく書き続けられるようになるには
「論理的レベル」や「理屈」や「思考」や
「アイディア」レベルではなかったのですね。
それを頑張ろうとすればするほど空回りしてしまうのです。
(この辺が、魂のテーマのおっそろしいところでもあります。
論理が通用しない!

あくまでも「豪華絢爛なお城に住まう少女の心」とつながらないと!

音楽でいうとヘンデルとかバッハとかメンデルスゾーンとかなのです。
(1年前はリストにはまりましたっけ)

ここで重要なのは、次の意識になります。

「あなた(少女のこと)はね
豪華絢爛なお城にふさわしいだけのキャラクターよ!
すばらしいわ!素敵だわ!」

です。

豪華絢爛なお城と少女を
イコールでつなげてあげるのです。
ちゃんと。
「絆」を与えるのです。

それを意識しないと
「豪華絢爛なお城」と「少女」は
分離したままに終わってしまうからです。

ここに「絆」を与えることを
私は「愛」と呼びますが

ここをつないであげることで

「真の自尊心」がアップします!

(真の自尊心とは何かについては、またいつか)

「真の自尊心」がアップすると
泰然自若としてストレスフリーを生きられるようになります。


事実、私も。
「あなたには豪華絢爛なお城がふさわしい!」と声をかけられた
「内なる少女」はルンルンご機嫌です。

「内なる少女」がルンルンになると
「お絵描き」がはじまります。

私の場合、好きなことを
自由に書きたいモードになるのでした。
それができると多少は
「主体者が求めるお仕事のための原稿書きも書いてやるかー」
と言ってくれます(歓喜の涙)。

逆をいえば、私は
「豪華絢爛なお城に住む少女」の気持ちと一致していないと
いつもどこかで無意識に
「自尊心や自己愛が傷ついたような気分」
囚われたままとなってしまい、
精神(霊魂)と心と体と行動を一致させることができずに
うんうんとうなりつづける
不具合な人生を構築していくことになるわけなのでした。

大事なことは
他の誰がなんというと「自分は自分!!」

他の誰が認めなくったって評価なくったって
「私は豪華絢爛なお城が似合う少女なんだから」!

なりきることにあるのではないかと
私は思うのです。

こんな大事な部分、
自分のための人生なのに
誰かの評価などを気にして
なりきらないのは、もったいなさすぎます。

だってそうしないと
「個性」は際立っていかないからです。
中途半端なことやって、なりきらないと、
箸にも棒にもかからない結果になりかねないのです。

この「自分のネイチャーからくるキャラクター」に
「なりきること」こそが
「パワーの源」になっていくのではないか。


私が、いろんな成功されている方々を観察していての見解です。

個性化人生、充実した人生を創造していくために
あなたが
「なりきらなくてはならないキャラクター」は
なんでしょうね?


でね。

この豪華絢爛な少女になりきりますと
何が起こるか?何をしたいか?

私の場合は・・・


「おこもり世界が大好き!」
「ひとりワールドが大好き!」
「だって私はお姫様だもん!」

なのでしたー。

「人間関係」の問題は
いっぱしの社会人としてもろもろ心得ていますし
某のマナーも知っています。

ですが〜

個性化を追求した私というのは
「ひとり世界」が本当に大好き。
だって、私の内面世界はとっても刺激に満ちていて
いろんな情報にあふれていて飽きることありませんし。
めくるめく魔法世界や神秘の秘密とともに
パズル遊びのように、色々な出来事と
出来事をつなぎあわせているのが
本当に楽しい。

荘厳で華麗。
深紅の花びらが舞い散るなか
愛の讃歌をうたような気分で
生きていきたいと
新たにセットアップしなおした私なのでした。


よって、これはほとほと本当に申し訳がないところなのですが、

私から知人友人をお誘いさせていただくことは
本当になくなってしまったわけなのでした。

自己同一視の範囲内の方(簡単にいうと《家族圏の方》)としか
交流が持てなくなってしまったのでした(T-T)

友人知人を求めていないわけではないのです。
ですが、それは慎重に取り組まないと私の場合、
なんだかおかしな不一致現象につい飲み込まれて
影響を受けてしまいやすい、
自分の弱さを多分にはらんでいるからでもあるのです。

いやはや、ここまで自己を認められるようになるには
やまほど「孤独」へのエッジを乗り越えてきましたよ。
勇気と覚悟がどれだけいったことでしょう!


生きることへの

愛をもって
愛のために
愛ゆえに
私は火の中に
飛び込んだ

といって過言ではありません。


ちょいと変わってる私でゴメン。
と思いつつ
どうしようもなーい。
自分のあるまま自然な姿を大事に生きられないと
他の誰かを大事にすることなんてできないし。

・・・というわけで
きょうも元気よく明るく楽しく
自己研鑽を重ねる1日なのでした。

日々の小さな幸せに感謝。

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2015年11月19日木曜日

【詩】Highを夢見ても〜生きることの真実よいずこ

今日の午後は
気分転換をはかって近所のタリーズで
浮かんでくるまま詩を書いておりました。

久しぶりに詩をアップしたい気分となりました。
生きることの切なさからであーります。

****

「High を夢見ても」

High でCoolなファンタジーを
追いかけているとも知らず
夢見て憧れているのは
エキサイティングなラブマッチ

飢えてるの 渇いているの 求めてやまないの

その伸ばされた腕で必死につかもうとしているものは何?

愛? 富? 名声? それとも……刹那?

静寂に耳をすませば聴こえてくる
ゆるやかな愛の調べ
あなたが生来なすべき「道」のこと

見失うな 振り回されるな

あなたの中にある真実を語れ
あなたが自由になることができるのは
ここから

外の世界にうつしだされる
きらめきと華やぎを
そこでこそ味わえるから

あなたの輝きは
Highからは生まれない

刹那はポエム
一瞬の蜃気楼
消えては浮かぶ幻ほど
魅惑的なものもないけど

真実の愛は
魂の静けさの奥から
聴こえてくる声にあるのだから

耳を澄まそう
真理を追いかけよう
確かな命の燃焼
自然の恵みと豊かさと一つになる
秘密の扉を開いて

そうすれば
白い平和の鳩が
嬉々として
飛び立つのが
見えるでしょう

紫色のアメジストが
静かに輝いている
そのひそやかさと繊細さに
息をのむことでしょう

広い草原をかけめぐる
美しい駿馬の姿が
浮かんでくることでしょう

これらの
自然の姿こそ
あなたが追いかけるべきもの

これこそを
愛と呼ぼう

愛はずっと
あなたを待っていた

ずっとずっとずっと昔から

たぶんあなたが生まれた時から
静かに手を差し伸べて
微笑みながら

あなたは愛そのものだから



・・・とここで、なぜかマリアさまのビジョン!(笑)



****

秋からケースの数を増やしたおかげで
あたくしは、刺激されまくっております。

「生と死」「宿命と運命」
「愛と傷つきと試練」
「運命のいたずら」
「嘘と真実」
「まやかしとまこと」

このあたりのこと、とんと深く考えさせられまくるほどに
たくさんの物語の傍観者をさせていただいておりますです。

感謝。

生きることは不可思議に満ちています。

一筋縄ではいかない「神のいたずら」
「人間の弱さからくる混沌」という名の知恵の輪
どのように紐解いていけばいいのか

しっかりたくさんのかたのバックアップできるべく

日々研鑽、自分磨きを楽しませていただいています。

再度、感謝。

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2015年11月15日日曜日

FEELに注目!恥ずかしいところに愛の原石は眠る


この週末、自分の好きな世界をあらためて再発見することができ
幸せをかみしめておりました。
その境地は、「穏やかな凪のような心地」です。


私はスピリチュアルレベルからのひとのバックアップが
本当に大好き!

それも、現実レベルにまでしっかりと落とし込む
お手伝いが本当に大好き!

とりわけ「愛」をテーマにお話するのが大好き!


ふだん、クライアントの方のご質問事項や
解決したい方向にそって
その領域をちょっとずつお渡ししておりますが

積極的に「攻めて」お話(思想伝達)することはなかなかありませんw

たいがいクライアントとのセッションというのは、
クライアントの方の意思や疑問ありきなので
私はあくまでもそのサポーターにすぎません。

ですが、昨日は、久しぶりにテレビのご取材をいただき

お笑い芸人の方とのかけあいを楽しくさせていただくことができたので

すこぶるハッピーなのです。

先生役としてガンガンつっこんでいけるので痛快です。
(私にはありがたい役柄です!)

内容はネタバレというわけにもいかないので控えますが
(12月7日の放送後にはその件についてポストしてみたいと思いますが)

テーマは「FEEL!!!!」であります。

(詳しい番組案内はまた近づいたらご紹介させてください)

みなさん、感じていることを
大切に(優位に)いきていますか?

こんなことは馬鹿げてる?
こんなことは恥ずかしい?
こんなことはカッコ悪い?
こんなことはイカれてる?

それはぜんぶあなたの
マインド(意識・論理・理屈)レベルの
ではないでしょうか?

論理や思考は
「真実のあなた」のサポーターとして
活用するのが本来あるべき機能であることを

ご存知ないでしょうか。

「真実のあなた」とは
「最も深いあなた自身」と言い換えることもできます。

その「最も深いあなた自身」は
あなたが今このタイミングで何をするべきか
どのようにすることがあなたにとって今いちばんベストかを
よ〜く知っています。

なぜならそれはあなたのスピリットガイドのひとつでもあるからです。

そう、大切な人との関係性に一石を投じる言葉のありかも
この「真実のあなた」「最も深いあなた自身」が答えを知っているのです。

そこのところの御指南をしっかとさせていただき
とくとご体感いただくこともでき
私はご機嫌でありました。


テレビのご取材を承るとき、私は帽子をかぶるようにしています。
第三の目をひと目にさらさないために実はしているのです(笑)。
全体的ないでたちもそれようのトーンが私的に、確立されました。
(この1〜2年ですが)

正直、4〜5年前,
論理性がまだ優位だった私には
「こっぱずかしい」「浮世離れしている」
格好をしていると私は自分で思うのですが
(キャス・キッドソンづくしだったときも、そうだったけど)

私は自分が「何を表現して生きていきたいのか」を見つけたので
今は気になりません。



私は自分が愛そのものであるということ、
その世界観を
わかりやすく、論理的かつ感覚的に、伝えられるひとになりたい


・・・という存在なのでした。

逃げも隠れもせず、きっぱりと。

だから、本当は恥ずかしくても
写真のように、ちょっと浮世離れしたルック、いえ
素直に私の「最も深い私自身」がもっているイメージ通りの私を
形作ってみただけのことなのです。

そして、昨日の撮影で、お笑い芸人の方の
復縁ラブレターを紐解くガイドをつとめ、

3人(進行役の芸人さん、相談役の芸人さん、そして私)で
かけあいをしていて
はっきり感じ取ったのでした。

ああ、この「お笑いスタイル」は非常にわかりやすく
大事なことを、「ツッコミ」キャラで訴えていける!と。
しかも自分でいうのもなんですが
そういうときの私の言葉まわしは
漫画キャラがでてくるのです。

大学時代に放送局の某番組で
アルバイトしていたとき
それもまたお笑い芸人の方に
「じゃりんこちえ」とあだ名をいただいていましたっけ。

私の天然物(オーラ)の一部なのですね。
昔は、まったく受け入れられなくて勝手に傷ついていましたが
今ではそれが持ち味として活かそうという心になりました。

このスタイルは自分なりに
温めていきたいなあと考えるにいたったのでした。

そして、さらに。

最近、とあるエモーショナルでパッショネイトな
ダンサーのことが異様に意識にのぼってきてしかたがありませんでした。
そこで
スピリチュアルレベルのインナーワークを試みたら

私は自分が恥ずかしいと思っていることに
さらに挑戦していかなくてはいけないことに気づいたのでした。

衝撃走る!
抵抗もバリバリに走る!

でも私は答えを知っています。

「魅了されたもの、魅了してくるものは、
どのようなものであっても
そこに隠されているエッセンスは
すべて私の魂の進むべき方向だ!!」と。

いやだ!いやだ!
おいたしながらも
すんなりと、腹を据え直します。

「恥ずかしいと感じるところにこそ
ダイヤモンドの原石が眠っている!」

この数年、この真理を幾度も経験してきました。

今回の私の
それは何か?

今はまだ内緒です。
これからその活動の準備もしなくてはいけません。

キーワードだけ。
「エモーショナル」
「パッショネイト」
です。

がんばります!

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2015年11月13日金曜日

「丁亥」(ていかのいのしし)の月の過ごし方〜開運タオセラピーのススメ


'゜★*:・'゜11月の開運タオセラピーのススメ ☆。.:*:・'゜★゜'・:*:.。.:*

11月8日(日)〜12月6日(日)
「丁亥」(ていかのいのしし)の月の過ごし方

'゜★*:・'☆。.:*:・'゜★゜'・:*:.。.:*:・'゜☆。.:*:..:*

みなさま、こんばんは。

今月の「開運タオセラピーのススメ」をお届けします。

「毎月どのような指向性を意識すると、運の波にのれるのか」の
簡単アドバイスです。

一般的な東洋占星術と大きく一線を画すタオセラピーの秘密は
究極の開運テクニックである「自己一致」の精度をあげるための思想ツールである点です。

「自然が自分に与えたエネルギー分析を行い、それとひとつになって生きること」
を大事にするとき、エネルギーの燃焼速度はアップし、
人間としてのステージアップ、すなわち開運へとつながっていきます。

宿命にさずかった自然エネルギーとていねいに向き合う作業をくりかえし
自然の法則にしたがった
自己開花を促す、個人セッションとはことなり、

ここでは、

★「時の運」といかに「一致」するか★ 

についてナビゲートします。

すでに新しい気運に入りましたが、
みなさまは変化を感じていらっしゃるでしょうか。

11月8日(日)〜12月6日(日)の期間、


10月が、「天上界」を中心としたものであったのにたいして
11月は、10月に仕込んできた精神活動を、
「現実界」でさらに具体的に落とし込んで、感性鋭く、
表現ののろしをあげていくチャンスのときとなります。

精神エネルギー「丁」(ていか)《火性・伝達本能(地上のもの)》と
肉体エネルギー「亥」(いのしし)《水性・習得本能(天上のもの)》が融合します。

方向性でいうと、「亥」(いのしし)とは、北方であり、暗示は「北の冬の海」です。
研ぎ澄まされた感性や霊力のみなぎる場所です。
そこで、さらに「丁」(ていか)という、松明(灯火)をつけた状態とは、
どういうことかといいますと・・・。

「いつ海の水によってかき消されてしまうかもしれないという
状況下ゆえに、いっそう鋭敏に、自分の思いや感情・感性をほとばしらせて、
周囲を刺激する」

こととなります。

「丁亥」(ていかのいのしし)という干支だけをとらえると
「九龍の術師」とも言われており、
霊力を司る冴えた感性が魅力のエネルギーとなります。
(ちなみにこれを所有している方を敵に回すと怖いとも言われています)


タオセラピー的発想でいいますと、
このエネルギーの暗示は
「この時期、ものごとをつかみとる・修練する心で、
それもくまなく全網羅していくかの勢いで、
ワンランク高みから眺めまわしながら、現実を掌握・統治すること」になります。
>これが「亥」(いのしし)《水性・習得本能(天上のもの)》のエネルギー

そして、「その体制(亥・いのしし)を基盤として、自分の言いたいこと・伝えたいこと・
感じていること・思っていることを、うたっていく」のであります。
>こちらが「丁」(ていか)《火性・伝達本能(地上のもの)》の資質

霊感(インスピレーション)とつながる機運ともいえますから
ふだんよりいっそう、天界の声や高次元のエネルギーに対してチューニングする(思いをはせる)ことを
意識なさってみるといいでしょう。
インナーワークを心得ている方でしたら、
より遠くの(自分が苦手とする)二次プロセスに注意を払うとよろしいでしょう。

曼荼羅のワークやユングの錬金術のワークを心得ている方は、
この時期、普段以上に曼荼羅図や西洋錬金術師の絵と向き合うことで
「進むべき道」「伝える(表現す)べきこと」も、
いつもよりも高次のものを受け取りやすくなることでしょう。


また、火性(丁火)と水性(亥)は、相剋関係であるために、
ストレスや葛藤を覚えることもあるかもしれません。

ですが、このストレスや葛藤は何のために
起きているのかということを思い出されてみるとよろしいかというのが
私からのご提案です。

なぜ「丁亥」が霊感豊かであるかといいますと、
この「相剋関係」のエネルギー、葛藤豊かなエネルギーであるからです。

苦しみともがき、傷つきの中から、
大切なひとをはじめ周囲のひとびとの胸をえぐる(響かせる)に足る、
表現や伝達は生まれ出されます。
私は、この天のはからいの奥深さには、ただただ息をのむばかりです。

苦しみやストレスを感じたときに、目をそらすのではなく、
その苦しみのなかにひたり、味わい倒されることをおすすめします。
(けして簡単なことでもないので、そういった際には、支え・サポーターをぜひご利用ください)
苦しみのなかに眠っている金塊・ダイヤの原石を必ずや発見されることと思われます。



またあなた自身の固有の方向性も一緒に探っておきましょう。

次のワークをstepにしたがって行ってください。

今月のエネルギーのチャンネルは次のとおりです。

<精神エネルギー>:「丁火」
=魚の目が湖面に向かって上むきであるさまや、
種子発芽が地中から大地に向かって上むきであるさま

<肉体エネルギー>:「亥」
=ものごとがひと段落するほど、
すべからくエネルギーを行き渡らせている感じ
(豚の骨格がすみずみにまで行き渡っているのに由来します)


ステップ1:目を閉じて、自分の体が空っぽになるのを想像し、
その体の奥深くのどこか、今ここで
「ものごとがひと段落するほど、すべからくエネルギーを行き渡らせている感じ、
たとえるなら豚の骨格がすみずみにまで行き渡っているような感じ・エッセンス・スピリット」が
ひっそりと潜んでいるなら?? 隠されているなら?と、仮説を立てるように、想像し、
それはどのようなエネルギーであるか、探ってみましょう。

>私は恵比寿さまがわっしょいとニコニコ顔で踊っていました(笑)

ステップ2:その体感覚で生きているとき、現実のあなたの心が向かうものや世界、人は、なんでしょうか?

>私の場合は、うきうきした心で青空を見上げています。
(遠く広がる青空に心が向かっていることがわかりました)

ステップ3:ステップ2で心が向かったものや世界、人のなかで、
「どのように行動しているか」かチェックしてみてください。

>私の場合は、花吹雪を散らしていました。
(胸に広がる歓喜のエネルギーを、ほうぼうに発信したいのだな、とわかりました)

>>ここまでで
「今月、深層世界・未知なる世界のあなた自身・
内なる神が指向している行動パターン」がわかりました。

ステップ4:このとき、
「魚の目が湖面に向かって上むきであるさまや、種子発芽が地中から大地に向かって上むきであるさま」が
全身から発せられている、自分の姿を意識してみてください。
どのような活動をしているでしょうか?

>>私の場合は「ゲゲゲの鬼太郎の目玉おやじが
ぴょんぴょんと飛び上がっていて、マントをつけて空を飛んでいる」のが見えました。

ステップ4:ステップ4で見つけた行動を、現実で展開させてください。

>>私の場合、これすなわち
「あらゆる煩悩から自由になって、好きなように好きなだけ好きなことして生活している私」がでてきました。
それも主にはパソコンに向かって私のドリームをひたすら打ち込んでいる姿でした。


****

みなさまは、いかがでしたでしょうか?

「自然(天然の気)に従って生きること」ができると
自分の意識だけではどうにもならなかった領域にも
少しずつシフトしていくことを容易にしてくれます。
その素晴らしさと恩恵の豊かさに対して
常に感謝の気持ちとともに。
みなさまがますます、ご自身の天然パワー(ギフト)と
ひとつになって、ご活躍されるところをイメージしながら
お祈りしております★

心豊かな1ヶ月になりますように!

*タオセラピー(料金1時間あたり1万8360円)にご興味ある方は、
気軽にお問い合わせください。
大自然のパワーをあなたの応援隊にした、自己開花の道を積極的にナビさせていただきます。

ひとりでワークが難しい方のバックアップも大歓迎させていただきます。

2015年11月5日木曜日

許そう☆理想とは違う《自分》:「周りが気になって仕方がない私」

きょうの夕飯は簡単さっぱり、だまこもちの野菜と鶏肉のスープ。
長ネギとしょうがとにんにくと鶏がらスープの素と一緒に
炊き込んだご飯を片栗粉とあわせてスリスリ練りこんで
ミニ団子をつくって、スープにイン。
ほうとうに近い感触でおなかにたまります。



きょうの話題から当サロンの共時性をピックアップしてみました〜。

テーマは「まわりのひとのことが気になってしかたがない」

であります。

仏教用語でこれを「ゲン(ニンベンに元)気」というそうで、
三毒のひとつとされているそうです。

簡単にいうと、「まわりのひとのことを気にするな」という方向は
人間としての大事な修行ポイントになるようです。

結論からいくと、
まわりのひとのことを気にして行動を選択していると
ちょとずつ、ちょっとずつ、
「自分は本当はどうしたいのか」という
感覚や感情が見失われていくのを、
私も経験しているし、ご相談下さる方々の
苦しみの根源のひとつとしても観察されております。

ですが!! ここから先が、きょうの私の言いたいことでもあります。

4000年も昔の統治者の歴史を生き残る、古代中国思想をひもとくと

それがその人間の行動の「結果」として、逃げ果せることができない

方々というのは、案外少なくないという事実から、目を背けることはできない、という

ことであります。

人間、いうは易し、行うは難し。

いろいろな意味でいうことができると思いますが、

なにしろ自然パワーはそらおそろしい勢いで
私たちをぶるぶるんと振り回しているように
私の目には見えています。

私が生まれ持ったエネルギーには、どうあがいても絶対に逆らうことはできません。
タオセラピーの根本思想でもあります)

したがって、「ひとのことが気になって仕方がない」という
「結果」を用意されて生まれ出た人にとって、
それを「やめろ、ナンセンスだ」といっても、
高速道路を逆走するような、無理難題でしかない、ということを
知っていることが大切であるように、私は思うわけです。

そこを無理やり、「ひとのことを気にしない!自分のことに集中する!」
コントロールしようと頑張れば頑張るほど、このタイプのかたがたは
エネルギーの反作用を経験させられていくのであります。
自分の資質を否定して
本来あるべき方向と逆方向に突っ走ろうとすればするほど、
もとの自分のありかへ、自然パワーによる反動で
ガツーンと引き戻されてしまうわけです。


しかも、この類のかたがたというのは
(もちろん基本は、ご自身の投影でしかないのですが)
「周囲に対して、犠牲を負わされている」という世界観を持っていらっしゃいます。
これまた「結果」として体験として確信として、当人の真実として
形成されるところとなります。

「恨み辛み」を腹で相当に抱き持っているのを、
(それこそ「呪い」レベルともいえるほどのものを)
「本音トークサロン」の女主人としてはたくさん耳にしてきております。

これをいったいどうしましょう???
いったいだれがその心を責めることができましょう???

だって「自然界(それも東洋思想的のある考え方においては《神界》と呼ばれている領域)」は、そうあることを求めてきているのですから!

小さな人間の意識がそれにどうやってあらがうことができるでしょう?

無理すれば道理は引っ込むという理を私は思い浮かべます。

大事なことは、そういう自分の自然エネルギーを認めて、受け入れて、
そのように発露する自分自身を「許す」ことに、
大きな価値と成長がある、と私は考えています。

自分を甘やかしている!

という次元ではないのです、もはや。
タオセラピーにおける「神界」の暗示ともなりますと。
人智を超えること、はるか5オクターブ上の旋律の世界であるとも、
言われているほどです。
人間が「自己一致」(=自己受容:個性開花、オリジナリティ、愛と同義語)することが待たれている落とし穴は、とんでもないところに
やまほどあることを、教えてくれます。

「では、恨みを覚える自分を認めたらいいのですね?」

とご質問いただきました。

「はい、そうです。恨みを覚えざるをえない自分自身を憐れむことが
恨みに翻弄されるだけの人生から離脱する鍵になっていきます

これが私の答えです。


そして、そういう自分のあるままに対する自覚が強まり
充足したのちに、魂の次元上昇(ステージアップ)がやってきます。

「自覚」することの大切さは、東洋思想に親しんでいる方であれば新しくありません。
ここに西洋心理療法の有用性をかけあわせたところで
プロセスワーク心理学が提唱した「アウェアネス(自覚)」という「心の器づくり」は、
東洋思想の「自覚」以上に、
「積極的に、自己の存在の器を明確にする」ことを指し示しているように、
私にはとらえられています。
(少なくとも、私が提供しているカウンセリングはここを大事にしています)

さらにタオセラピーでは、「エネルギーの完全燃焼」を、
「自覚」の技術にかけあわせます。
プロセスワークがいうアンプリファイ(増幅)の技術
「とことんやり倒す」レベルから、さらに
「何度も何度も自分のパターンを目の当たりにしてこりつくす」レベルまでを
追いかけます。

そうやって「ある一定のパターンの指向性が完全燃焼」をはたさないことには
その指向性は小さくなってくれないからです。

きょうこの問題についてお話し合いさせていただいた方は、50代を過ぎていらしたので
ご自身のパターンに対して「降参」のタイミングに入っていらっしゃいました。
そして、逃げもしなければ隠れもしない
「それこそが等身大の私だ」という「受容」が深まっていらっしゃいました。
どうにもならない、「理想とする自分」とは異なる自分のありようを、
はたしつくしていらっしゃいました。

ーーーだからこそ、次のセリフが出てきました。

「そろそろ、自分も十分に頑張ってきていると、
自分だけの成功の形を評価してもいいんじゃないかなと思うようになってきています。
自分とは異なる成功の形を得られないことでもがいて、
自分に厳しくしつづけることを卒業して」

と。きたーーーー!やったーーーーー!
私は温かく拍手を贈りました。

「まわりのひとのことが気になってしかたがない」という「結果エネルギー」も
とことん燃焼し尽くされたさまを、見て取ることができました。

人生のひとつの大きな転換点の目撃者にならせていただいている
感動を、ひしひし体の芯部から感じておりました。

自分を生きる、ということ。
自分を生き抜く、ということ。

命のろうそくが赤々と燃え上がるさまを
日々、応援させていただく幸せを

いつもみなさまから受け取らせていただいています。

本当にありがとうございます。

「自己一致」「自己受容」「愛」「個性開花」「オリジナリティ発掘」を追究している方には「タオセラピー」「タオセラピー神言セッション」をおすすめさせていただきます。
どシャープに魂の本質にくいこんでいきます☆

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2015年11月4日水曜日

【魂の核心と生きる】聖書の一節を鏡にインナーワークをする


むふふ。最近アフタヌーンティーでかぼちゃとクリームチーズのスフレをいただきました。
ふわふわエアリーな生地にかぼちゃの自然の甘みがシューっとお口のなかで溶けていく感触は
幸福感の姿に似ているーーーそんな気がしました。
幸福感ってなんて甘やかなんでしょう。
最近の私のお気に入りインナーワーク法をご紹介します。

インナーワークの大切さは、
魂が求める意図に従って生きやすくなるという点にあるでしょうか。
幻想ではなく「自分だけのの真実」を生きることを助けてくれます。

クライアントのみなさまのお話しを
教えていただけばいただくほど
「人生の途上で起こることは、
そのひとの世界観からくる幻想であり、
さらにはその幻想が
数珠繋がりのように、次々にまたあらたな
出来事を引き出していく、幻想の楼閣、それが現実か」
という思いを強める毎日ですが、

「内なるガイドはすべからくいたるところに24時間ともにある」

という考えをベースとして開発しました
インナーワーク法は、どのようなものであっても適用ができます。

たとえば外にみる木立、公園に遊ぶ子供の姿、
バスに座った時のとなりの老夫婦の会話などなど、す・べ・て。

そこに「あなたは何を聞き取るか?感じ取るか?」が答えなのですが

その「チャンネル窓口」が
「意識(マインド)の世界観」から
遠くにあるものであればあるほど
私たちは「内なる神のメッセージ」を受け取りやすくなります。

あなたにとってふだんの意識から遠いチャンネルとして、
どのようなものが想像できるでしょうか?

たとえば私は、もともと「視覚」からの情報が優位なタイプでした。
実際に目に見えるものの影響を受けやすく、
白昼夢やビジョンをよくみるタイプです。

そんな私にとって「遠い無意識(あの世)チャンネル」は「聴覚」でした。
長年の訓練によって、このチャンネルと仲良しになることができるようになりました。

たとえばこうして文章をつづるのも
「頭」や「論理」をつかっては書いていません。

「遠い無意識(あの世)チャンネル」につづく「魂の聴覚」を澄まして
ポツリポツリと聴こえてくるのを待ち
それが表れ始めたら、その「声」に従って
言葉をひとつひとつひろっていくーーーそんな感じです。

朝の瞑想(インナーワーク)時においても
「きょう、私はどのような心構えで活動したらいいですか?」
という問いかけをもって耳をすますのです。
そこで受け取ったメッセージに従って1日を過ごすことで
物事に対するこだわりが小さくなり、比較的スムースに進展していきます。

さて、そんな「遠い無意識(あの世)チャンネル」のひとつとして
私は最近、「聖書の中の言葉」も
素晴らしくスピリチュアルなメッセージを聞き取るための鏡になるということを、
あらためて知りました。

近所に上智大学があり、そこに聖イグナチオ教会があるのですが
ふらりとそこのサイトを調べたら、
「祈りの場」というサイトペイジを見つけたのでした。

そこでは毎日、大切なことを思い出させてくれる聖書の一節から
1日ごとに違った話題を、教えてくれます。

それをひとつのメタファーとして
読んだひとの無意識世界から、
どのような思いやアイディアが浮かび上がってくるかを
待ってみるのです。
それがひいては、「神との対話」へとつながっていく
ーーーそんな仕掛けになっているのでした。

たとえばきょうの一節は次のとおりです。
みなさんはどんなことが浮かぶでしょうか?連想されるでしょうか?

*****以下「祈りの場」から****

御言葉神はわたしたち一人一人に話されます。神が何をわたしに言っておられるかを聴く必要があります。テキストを2、3回読みかえして、そして、聴きましょう。

ルカ14:25~33 

 大勢の群衆が一緒について来たが、イエスは振り向いて言われた。
「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、
父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、
これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。
自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、
わたしの弟子ではありえない。
あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、
造り上げるのに十分な費用があるかどうか、
まず腰をすえて計算しない者がいるだろうか。
そうしないと、土台を築いただけで完成できず、
見ていた人々は皆あざけって、
『あの人は建て始めたが、完成することはできなかった』と言うだろう。
また、どんな王でも、ほかの王と戦いに行こうとするときは、
二万の兵を率いて進軍して来る敵を、
自分の一万の兵で迎え撃つことができるかどうか、
まず腰をすえて考えてみないだろうか。
もしできないと分かれば、敵がまだ遠方にいる間に使節を送って、
和を求めるだろう。 だから、同じように、
自分の持ち物を一切捨てないならば、
あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」


主よ、あなたは私に何をおっしゃりたいのですか?


**************
これを読んだ私は、胸のうちに次のような声を聞き取りました。

「私に与えられた使命ーーーそれこそが<自分の十字架>であるわけだが、
その目的のためには、何もかもを投げ打って取り組んでいくことこそが
魂が求める本質なのだ」

と。今までもその心でひたすら研鑽を重ねてきています。
自然によって自分に与えられた指向性を、
タオセラピーを通じて入念・緻密に割り出し
それに従って生きることを、
ある意味ではあきらめ、ある意味では受け入れてきています。

その折にあらためてこの一節を読んで、
さらにもっと気合を入れ直して集中力を高めて頑張るのだ〜

そんな気分になりました。

なんとなくこういうことかな? と感じていたことが

さらなる「確信」に変わるので、心身の安定感も増します。


この聖書の一節は、ひとによってその真実はさまざまだろうと思います。

大事なことは、あなたのなかの真実に従って生きることにある、という

信念をもって、日々クライアントのみなさまの
お話しに寄り添わせていただきながら
ガイドさせていただいております。

きょうもありがとうございました。

明日もみなさまの心が平安とともにありますように。

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