みなさん、こんばんは。
きょうはちょっぴり秋の空気を意識して、
トマト色のワンピースを着てみました。
私の内心は、「目立ちすぎたりしやしないかしら?」と気にするのですが、
赤は、ぱきっと元気がでるから好きなのです。
こころなしか肌の透明感も引き立つ気もしますしね。
さて、きょう、
ユングの錬金術のワークをレクチャーさせていただいたなかから。
「母性」や「優しさ」について。
細かいことをきちんと定義づけてあれこれと述べようと思うと、
たぶんブログではまったく足りないので、
いちばんお伝えしたいこと、
「こころが皮向けしたかたを、
守る愛のことばを!
~だいじょうぶだから~」
に付随して、ざっくりと思うところを書き記したいと思います。
※▼ユングが多数研究したおしたなかで見出した
秘蔵っこ!錬金術の秘密『薔薇園』を用いていきます。
こんな感じの絵を全11枚、
毎回塗り絵をしながら、集合的な無意識に
ビシバシと刺激をおくっていきます。
同時に、そのときに生じた共時性を記録していただき、
ワークをこころみ、
この絵の意味や意義を、ユングの研究論文を実際にひもときながら
知的な理解も深めていきます。
理解が深まる分、
ワークの働きも深まります。
ご興味ある方は、お気軽にお問合せください。
みなさん、「母性」や「優しさ」と聞いて、
どんなことを連想するでしょうか?
「優しい」とは、どのような
being (存在のしかた/ありよう)
&doing(行動/態度)
だと直感されるでしょうか?
あなたにとって
理想の
「母性」のイメージ
とは、どのようなものでしょうか?
面白いことに、私は気づいているのですが、
ユングの錬金術のワークを行っていくと、
ーーーこれまで何人かのクライアントの方と取り組んできたところーーー
思考が優位で、客観性の高い
現代女性からも、
まるで乳搾りをするかのように、
ぎゅー、ぎゅー、ぎゅーっと
「母性」のエキスが、しぼりだされていくようです。
恋人のいなかった女性も
このプロセスで、恋人ができたり、
客観性が強いために
ひとにとかくアドバイスをする傾向の強い方が、
アドバイスをくりだすよりも先に、
親身に相手のエモーションによりそい、
まるで優しい母がそこにいるかのように
接することが得意になったり。
・・・
そこに論理的な因果性はありません。
論理や理屈で
「母性とはかくあるべきだからこうしよう」とか
「人にやさしくあるためにはこうしよう」とか
そういう次元を超越したところで、
このワークを試みたかたたちは、
「自然な変容」を体験されていきます。
ですから、しごくご本人にとってはとってもナチュラルに
これまでとはまったく異なる
ものごとが起きていくようなのです。
本人にとって親和性がとても高いのです。
誰かの衣服を借りたときのような違和感は、
そこにはありません。
(私は行動療法や論理療法に、human being として
不自然な一面を感じます。
もちろんその考え方も役に立つひとつではありますが、
人間という存在を全体的にとらえるなら、
無意識の深い問題は、理屈を超えたところに由来するからです)
無意識にあるものを
自然にかえすための取組を行うことで
(別の観点でいうと、神秘主義の範囲になりますねえ)
かってにそのひとが本来あるとよいような方向性に
導かれていく、見事な西洋錬金術の秘儀中の秘儀だ!
私はいたく感嘆することしきりです。
私もこの錬金術のワークを行ったとき、
自らの「母性」が開花していく変容プロセスを体験しています。
特別「母性」にふたをしていたつもりもないのですが、
論理性や合理性を重視する、
経済社会に身を投じていると、
自己防衛の観点からも、
自然にそのひとのなかの男性性が
優位にならざるをえないと思うのですね。
ですが、その無意識りにかたまってしまった、
自分のありようも、
この錬金術のワークを行っていくと、
勝手に自動調整されて、
勝手に「自己(魂)」の目覚めが起き出すようなのです。
だから、小手先の色気を装わずとも、
内面の人間性から色気が
におい立つようににじみでるようになります。
そして、そのかただけの
本質的な「引き寄せ」が生じるようになるようです。
男性のクライアントの方と
私はまだこの錬金術をともにしたことがないので、
男性の場合、どのようになるのかは定かではありませんが、
原理だけ、あるいはユングの目的にそっていうなら、
男性もまた、そのかただけのありように立脚されていくことと思われます。
なんといっても、ユングはこれを
「自己の実現」のためのツールとみたわけですから。
(注)自我の実現とは異なります。魂の実現です。
さて、この理屈を超えたところで---
「母性」や「優しさ」をひもといたとき・・・。
きょうのレクチャーで浮上したのが、
「赤」にみる「母性」や「優しさ」でした。
赤は、子宮の色を想像させます。
赤は、母なる大地を思い出せます。
赤は、第一チャクラの色であり、グラウンディングの色でもあります。
しっかりと地に足を根ざした、
強さと頼もしさをもった、包容力でもあるでしょう。
もしもあなたが今、何かに問題を感じているとしましょう。
それに対して、
この「強さと頼もしさをもった包容力」で
応じるなら、どんな言葉が思い浮かぶでしょうか?
強さをもった母たちは、いちようにしてこういいます。
「大丈夫だから!私が守るから!」
(注)ただし、母性が陰転すると
「すべてをのみこむような」側面に変換されてしまいます。
このような集合的な無意識のパターンを、
「グレートマザー」とよんでいます。
私たち日本の社会は、この「グレートマザー」が
ゴーストのように、支配しており、
それがゆえに引き起こされている家族のトラブルを
よくおみうけいたします。
このとき概して重要なのは「グレートマザー」の存在に
無自覚に憑依されるのではなく、
自覚的に、この「グレートマザー」とどのようにつきあっていくか、
ということに直面化することです。
この言葉を胸にしっかりと刻みながら、
人生を進むことができるようになるとき、
私たちは生き抜くたくましさやしなやかさを磨くことができるようになっていきます。
あなたの内なる母は、目覚めているでしょうか?
(もちろん、男性のなかにも内なる母は存在します)
また、もしもあなたのまわりで
「こころが皮向け」をおこして、
いろんなことに疲れてしまっている方がいらっしゃるとしたら、
ぜひこの言葉をかけてさしあげてください。
「大丈夫だから!」
あたたかく、包み込んでさしあげてください。
そういってくれる誰かがひとりでも
いると知ることができるとき、
そのひとは、ほっと安心して、
羽根を一休みさせることができるようになるでしょう。
「こころが皮向け」をおこしたときは、
一休みすることが、すごく有効です。
しっかりたっぷりと休みをとることができると、
私たちは自然に元気を回復し、
気が熟したときにふたたび、鳥が飛翔するように、
離陸していくことができるようになります。
(私はもともと美容のライターをしていたから、このメタファーを用いるわけですが)
たとえば、肌が日焼けをしてひりひりと皮向けを起こしたらどうするんでしたっけ?
ひんやりローションで冷やして、
うるおいミルクをたっぷりとぬって、
お肌をあたかも真綿でくるむかのように、
そっと優しく手当てをするのが
美容の理想とされています。
あなた自身が「こころが皮向け」をおこしてしまったとき、
あるいは
大切な誰かが「こころの皮向け」をおこしてしまったとき、
どうかこのアプローチを思い出していただけたら幸いです。
ひとりでも多くのかたが、
自己をとりもどし、
心の安らかさとともに、
この世をまっとうすることができることを
支援することをお仕事に選んだものとして・・・
ひとりでも多くのかたに、
こころからお願いします。
もちろん固有の問題も多数あるでしょうから、
それらひとつひとつをていねいにつぶさに
ひもとき、受けとめるお手伝いをさせていただきながら、
「こころの皮向け」をおこされたかたを
しっかりと守って差し上げる、
こころのガーゼ役となることは、私のお仕事です。
何かありましたらお気軽にお申し付けください。
あれ?
きょうもやっぱり長くなってしまいましたね。
最後までご覧いただきありがとうございました。
きょうのひに感謝しながら、
また明日の日を夢見ましょう。
おやすみなさい☆
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