お問い合わせ・お申込みは

お問い合わせ・ご相談・スクール・レッスンお申込みはこち
(お名前・ご連絡先・ご希望メニューをお知らせください)

2014年3月5日水曜日

夜みる夢の世界とひとつになって。【わが奇跡】につづく道

夢は不思議。

私にとって

驚きの連続である夢ほど

私が進むべき方向性を教えてくれているのだから。

<驚いている私>とは

魂の

方向性を受け容れることができなくて

もがいている私の意識のあらわれで

今ここを生きる

私が

向き合わなくてはいけない

問題が

方向性が

エネルギーが

いやそればかりではない

向き合うにとどまらず

それそのものとして

生きることがテストとしてつきつけられているのが

夢にみる世界


さらに

面白いのは

その

夢に現れた

世界

エネルギー

方向性

テーマ



受け容れて

それとひとつになって生きることできると

現実でクリアになっていくのは

何もひとつの問題だけではない

まったく直接的には関係がないとおもわれる

あんなことも
(たとえば愛情問題)

こんなことも
(たとえば経済問題)

そんなことも
(たとえば身体症状)

一挙にまとめて
(ほかにもたくさんある、
キャリアから家族のこと、
嗜癖、ストレスのもといろいろ)

な~んだ!

以前にくらべて格段に

問題が問題じゃなくなっている!

こころの

平安と穏やかさ

充実感と幸福感

欲しかったものとともに

生きることができるようになるというのだから

夜みる夢の世界に

身をゆだねて

現実の今ここを生きない

理由はない


***


私が提供するカウンセリングの現場では

運気アップを求めて

夜見た夢をテーマにお持ちくださる方は少なくありません。

夜見た夢を語らなくても

私のカウンセリングでは

ばんばん、その方の「内なる神」の声が

クライアントの方ご本人の口をついて飛び出すのですが
(というのは観察者たる私の感想)

より「未知なる領域」とひとつになることを

お好みの方は

夜みた夢をご持参くださるのです。

結局、魂や「内なる神」の意図とひとつになって

生きることができさえすれば

私たちは「奇跡」のなかを進んでいくことができるのです。

これは私がプロセス指向心理学で学んだことであり

同時に

殷王朝の時代から歴代皇帝に伝承されてきた

古代中国の自然観であり思想でもある「算命学」でも

述べられている見解です。



←こちらは、『原典算命学大系』のコピー。国会図書館でとってきてはスキャンして精読。多いもので一冊600頁もあるものが全11巻も!読みこなすだけでも大変なパワーがいるのですが、私が過去に読んできた書物のなかでいちばんおもしろい!エキサイティングです。







あなたの本質と生きることができないとき

あなたは問題を苦悩に感じストレスのなかを進んでいくことになるわけですが

自分の本質をあるままに

その指向性を解放し、受容し、抱きとめて

それらのすべてとひとつになって

生きることができれば

実にすばらしい境地をえるばかりではなく

あなたの周囲のひとたちにも笑顔を届けることができるというのですね。

これは私が好きな

ジャン・スピラーという魂の西洋占星術家ものべている表現のひとつです。

心理セラピーの魅力は

(自分が受けていても、自分が提供する側としても)

進むべき方向性を「知る」だけでなく

体感からその方向性を受け容れ、抱きとめて、ひとつになって生きる

世界観を、自らの五感と一致させていくことができるという点にあると

私は理解しています。

したがって

先人の知恵を、

身体感覚と感性と理知と直感のすべての

精神機能をフル稼働させて

ものにしたいひとにはうってつけなのです。

真の自己成長・自己開拓・自己刷新・人生の最大値を飛翔するための

エッセンスが満載です。

「占い」の世界が

「死ぬまでには練れていくであろうそのひとの方向性」を

示唆するのに対し

セラピーの世界は
その人独自のパターンを加速化させて
ステージアップ(人生を陽転させるタイミング)を
前倒しにしてくれるわけでもあります。

手前味噌ですが

算命学の
「その方だけの真理をつむぐ」思想と
心理セラピーの世界観を
融合させて、私が独自に創作しました

「タオセラピー」は

そのスピードをさらに加速化させます。

「己の持ち物を受け容れる」ための時間はそれなりにいるかもしれませんが

対話レベルのカウンセリングで掘り下げていこうと思ったら

かなりの時間を要するところを、

あっという間に、おのれの本質のテーマ、
抱きとめなければいけない自分の方向性が
詳細な個人データとして
可視化され、
如実に明らかになります。

それはまた

「私はどのように生きたらいいのか」

の見取り図でもあります。

「私は何者か?」

わからずに人生の迷路にはまったように
感じられる方にとっては

重要な羅針盤にもなることでしょう。

受け容れようにも受け入れがたい要素は
ていねいに話し合いながら
心理ワークを重ねて
受け容れの方向性そのものを開拓していきます。

あら。

タオセラピー案内になってしまいましたね。

ハナシをもとにもどします。

+++

今朝私は、夢を見ました。
20代のころから見るようになった夢だったのですが
心理療法家になってからははじめて、
久しぶりの夢でした。

それは

大学の卒業を目前にして
実は一教科、
本当は出さなくちゃいけないレポートが
未提出のままになっているのではないか、という不安があるのだけど、
自分がレポートを出したのか出していないのかさえも記憶していなくて
大学の構内をおろおろとしながら、
うろうろあっちいきこっちいきしているという夢です。
卒業できないかもしれないのだけど
それを確かめるのも怖くて、どぎまぎ。

夢をみている私自身も
非常にいや~な気持ち。

何の展開もみないまま
ここで夢はぷつんと終わるのです。

「うわー、でたよ、久しぶりに嫌な夢」

というのが夢を見ている私の感想ですが

朝起きてから、解釈ふくめて

この夢の意図とひとつになるためのワークをしました。

この夢の世界がもっていた独特な空気感を思い出し

それを味わいます。

大学の学び舎がもっている重厚な空気感。
それと自分がなじむことができずに
私はミーハー大学生をしていて
しっかりひとつひとつ確かめることせずに
場当たり的に要領よく卒業を考えているわけですね。

うわー、これはもうすこぶる反省モードになります。

なぜって?

私の人生はとかくこんなパターンの連続だとふりかえるからです。
物事をミーハーに展開させようとするから
なすべきレポートも、やってるのかやってないのかさえも、把握できていない。

ここで
私がひとつにならなくてはいけない
成長の方向性とは
「大学の学び舎がもっている重厚な空気感」です。

この重厚感を中心にすえたとき
私が「出さなきゃいけないレポート」とはなんだろう?

そう考えます。

最初はなかなか浮かんでこなかったのですが
しばらく重厚感エネルギーにとどまっていたら
「タオセラピー論」へとつながっていったのでした。

私の魂の目的は「小説」です。

タオセラピーが誕生したばかりのときも
これをどうやって小説につなげるのか
非常に首をかしげましたが

わたしの師匠いわく「タオセラピーという小説を書きなさい」というかえし。

なるほどねー。

ではありますが、
「小説」につなげるためにも

「タオセラピー論」としての「レポート」が書けるレベルには
言語を磨かないとね。

というのが今回の私の夢に導かれた境地です。

そしてちょうどきょうの日中は、
国会図書館に行く日でした。

『原典算命学大系』という
算命学思想の本義が解説された書物と
向き合ってきたのでした。

それに・・・
国会図書館も重厚感ある建物ですよね。

夢の神様の示唆する世界を
少しは生きることができたかと
自分で自分に拍手です。

これをもっともっと日常において
一般化するとよいというわけですね。

***

じつはこの『原典算命学大系』が表現している世界、

私からしたら

「なぜ、このような非常に大事なことが世間に流布されない!?」

と驚きでいっぱいなのですが、

この道の先輩たる母曰く

この本は
ベテラン占い師も「難しい」とこぼすほどなのだそうでして。

確かに
セラピスト・カウンセラーの立場からすれば
なぜベテラン占い師が高尾義政氏が書きのこした
『原典算命学大系』が難しく感じるのかも察せられるところ。

この「原典」には

目に見えない「霊魂と肉体と天界と地底界との関係」が

表現されており

霊魂と肉体と天界と地底界の

各声をすべて分別できるように

訓練された経験を持たないひとには

何を言っているのか、理屈だけでは、さっぱりわからなくても

無理ないのです。

私はたまたま「人生と精神と肉体と宇宙と大地」との関係不和が

人間の苦悩の神髄ととらえて

その世界観を開拓することに

飛び込んでいかざるをえない運命にあったから

この世の未知なるものを識別する力を磨くことができたわけですけど。

ユングもいっていますが

こういうのはもう「宇宙の真理」に導かれてなるものだから

誰がいい悪いということはないのですけど、

とにかく今このタイミングにおいて

私と故・高尾義政先生のエネルギーは

すこぶる融合関係にあることだけは

星を読み解いてみましたが

やはり確かな事だったのでした☆

運命ってすごい、人の魂ってすごい。

ちょっぴりゴキゲンなきょうなのでした。

0 件のコメント:

コメントを投稿