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2011年8月30日火曜日

苦しみと葛藤からの解放~「理想化●●」をあきらめること、「等身大の●●」を認めること、「内なる理想化●●」を見出すこと



















みなさん、こんばんは。


人生の達人になるには、

あきらめなくちゃいけないことと、

あきらめなくていいことがあるよなぁ。


……きょう、いちばんの私の、胸のうずきです。

これは、そのかただけのパターン(布置されているもの)を

読み解きながら、見極めていく類のことなのですが、

私の場合は、どうも母親を理想化しすぎる傾向があるようで、

私は、もう少し「母」をあきらめなくちゃいけないよなぁ、と

きょう、母と電話で口論をして、反省したことです。

私は「母」の前になると、どうしてもひとりの「娘」となり

甘えきってしまうのですよねえ。

いつも反省することは大変多いのですけれども。

母も私も、お互いがお互いを同一視するために、

理想---それも「自分の生き方と同じ方向を見ているよね?」という想いから、

実際の相手がそうではないことに、腹を立てたり、残念がったり、

求めたりしてしまうのです。ううう。

私が激しく嫌悪しているnot理想の母は、

私の父親とのけんかや離婚へのシナリオをほのめかし、騒ぎ立て、
それをひとり娘に肩を持ってもらいたくて、
しまいには私のことも非難をはじめて、
八つ当たりをする母です。
(といっても、それほど激しいものでもないし、愚痴る程度ではあるのですが)

母によると、私は心理のセラピスト業をしているのだから、
どうしたらいいかひも解いてもらいたくて迫ってくるようなのです。とほほ。

ですが、残念ながら、私のほうとしては、
娘の立場としてしか、両親のけんかの問題は聴こえてきません。
こころを冷静にして、聴くことは到底できません。
なぜなら、私は父親に関して、母と同じ見解を持っている点もありますが、
私は本能的に父親の気持ちも類推できてしまうからです。
私の中の父ロールが、やはり現実の父がそうであるように、
むかっ腹がたってきてしまうのですねえ。
母には申し訳がないけれども。

だからその問題は、母がついている心理の先生(私の先生の奥さんを紹介している)に
相談してちょうだい!とお願いするのですが、

母の特有の、「理想化された対象の前ではよい子を演じる」性質が働いて、
もう1年もカウンセリングを受けながらも、
ちっとも「夫婦の問題」を根本的に取り組む気が起きないようです。
とほほ。
母も、まずは「自分を肯定してくれる味方と気持ちよくいたい」という想いを完了させるまでは、
どうやら自分の問題に取り込もうという、意思がないようです。がっくし。

はい、ここでがっくしなのです。
自分の問題に取り組もうとせず
心理の先生を盾にして、
父とけんかを30年以上もあいもかわらず繰り返す母に。


ですが、同時に私はこれこそが
私自身の問題であることも知っているんですけどねw たはは。

母は、等身大の母でしかないんだってば~(笑)。


自分の問題に取組むことで

よりよい道をつくろうという姿勢は、

私個人のものであって、

母のものではないからです。

もちろん、この姿勢で生きることができるとき、
ひとはこころある人生、
そしてより快適な人生を過ごすことができることは事実なのですが、

母は60年もの長い人生、
3年前に他界した祖父に「肯定されていない」と信じ切って生きてきた身ですから、

まずは、まだまだ、「肯定されたい」のも無理ありません。
たぶん、先5年ぐらいは。
それは、ここでこのように客観的にセラピストロールで
書きながらジャッジされることです。


自分の問題を掘り下げるよりも前に、
「心理の先生から肯定されたい」
「理想化した娘に肯定されたい」。


ふぅ。

私は自分が愛する対象、好きな対象が
理想通りではないことに直面化するとき、
相手のことを肯定することを
忘れやすいのかもしれませんね。
(母に限らず、お気に入りの異性にも)

ぐすん。反省。

明日は、母さんにどんな肯定の言葉を
向けることができるかを見つけ出し、
本人に伝えたいと思います。

「お母さんも大変だねえ」
とか
「お母さん、よくやっているねえ」
とかでしょうか。

そして、あらためて私は

「理想化母」=「自分の問題に取り組むことのできる母」は、

幻想である、ということを

思い知らなくてはなりませんねw


その意味において、

私は理想化した母をあきらめなくてはなりません。

そのかわり、

等身大の母を受け容れ認めること

せめての親孝行なのかなあ、と深く感じ入るきょうなのでした。



きょう、窓の外にぽかんと浮かんでいた空と雲。


空に浮かぶ雲のように、

「理想化した●●」がすぐそばになくても、

ケセラセラと流れていくことができるようになりたいです。

母親は私の最後の問題だよなぁ。。。
(これまでに本当にいろいろなことを受け容れたり、
あきらめたり、目標を見出したりくりかえしながら、
自己を刷新してきましたが)


「理想化した●●」は、

私の胸の中に

きちんと住まわっているものなのだから。

それを見つけ出し、つかまえ、
内なるものとして、
体感することをサポートすることが
私の仕事です☆


それをつかまえることができると、

私たちはグンと安心して

生きていくことができるようになるので、

おすすめです。



明日(あけて今日)の朝いちばんの

私のインナーワークは、

「理想化母」を胸のうちに見出すことに決まりだな。。。



ではでは、おやすみなさい。
またあした。

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