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2011年8月10日水曜日

「怒り」とつきあうワーク~誰かの方法論は卒業!「自分だけの正解」を探しませんか?




















みなさん、こんばんは。

きょうは趣向をかえて、下目のアングルからセルフポートレートです。

私の活動は、おもにサロンを中心としてもののため、

日常に大きな変化があるわけではありません。

ので、これといって「ほら、これをみてください!」と

ご提示できるような絵柄(画像ショット)もなかなか思いつかないので、

「自分の顔をとって、定点観測してみるので、さしあたっていいかしら」

と思ってスタートしたのが、自分の顔写真を冒頭に持ってくることのはじまりでした。

内心、「ナルシストみたいで恥ずかしいなあ」とためらわれたのですが、

そんなことを言っている場合ではない!

今の私にとって重要なのは

「1にも2にも自己を表現することへの抵抗を軽減させて、積極的に発信をしていくこと!」

したがって、遠慮なく、その日の自分の顔写真をご紹介させていただいておりました。


ひとしきりそれを続けていて、気が付いたこと、よかったことがありました。

それは、

自分の顔写真をみながらだと、文章を起こしやすい、ということでした。

これは意外な発見でした。

無理なく、「自己反射」させながら、言葉をつづっていくことができるようになったのでした。

※「自己反射」については、近日、ブログで話題にさせていただきたいと思います♪



つまり、キーボードを打っている私の内側から言葉をひねり出すというよりも、

いったん、自分というひとりのフィギュア(写真のなかの自分)におきかえ、
客体化、外在化させることによって、

「そのフィギュアはなんて言葉を発しているかしら?」

とイマジネーションをふくらませているうちに、

勝手に言葉が下りてくるようになったのでした。

しみじみ、ひとの性質および魂のありようによって、

ふさわしい方法論というのは異なるから、人間というのは実に奥が深くて面白い!


きょうの夜のクラスは「感情解放」をテーマにした

「セルフヒーリング」のクラスだったのですが、

ずーっと「怒り」をテーマに、隠ぺい&抑圧してしまった感情を探り当て、

その背後に「隠された真の欲求」をひもとくためのレッスンを重ねています。


なんといっても「怒り」の感情とは、私たちはとかく受けいれがたいものです。
つい知らぬ間に、理性によりもっともな理由をセットにしたりなどして
その怒りそのものが、あたかもはじめから「なかったことにする」傾向が大です。
にもかかわらず、
私たちの日常的な現実のできごとに、大きな影響を無意識のうちに与えている
とっても重要なエモーション、それが「怒り」なのです。

だから、このクラスでは、「感情の解放とこころの自由」をテーマにしたとき、

めっこりめっこり、このことについて話し合いと心理エクササイズをくりかえしている次第です。


そこでは、次々に、そのひとだけの「隠されたパターン」が発見することができます。

その固有性というのは、大変興味深く、

その素晴らしさをみなさまにもぜひご体感いただきたいと願うばかりなのですが……


※ご興味のある方は、こちらの頁のなかの「セルフヒーリングクラス」をご依頼ください。
http://www.fiore-salon.com/school.html



たとえば、みなさんもちょっと考えてみましょう!

「何に対して怒りを感じやすいか?」

私の場合ですと、

「仁義」や「誠実さ」に反する社会に対して、ひどく怒りを感じやすいでしょうか。

みなさまはいかがですか?


つぎに、チェックしてもらいたいことがあります。


その「怒り」の根底にある感情や欲求が何か?です。


私の場合は、
未完了の自分の人生の宿題がはたせていないから、
怒りにつながっているということがみえてきます。

それは、自分が大事にしている思想のひとつ
「仁義」や「誠実さ」をもって生きることが
どんなに結果的に自己にとっても良いことであるか、ということについて、
社会に対してのろしをあげるかのごとく、
声高に表現していかなくてはいけない、という人生の宿題です。

たんに「社会のばか」とののしっているだけにとどまらないで、です。

かのナイチンゲールも戦場におもむいてまでも
ひとびとのためにつくした、こころの原動力は「怒り」であった、
というエピソードをきいたことがあります。


そりゃ、仁義や誠実さのかけた社会に対して、怒りを覚えないひとはいないと思いますが、

私の場合は、この問題にふれると、ことさらに逆鱗状態といっても過言ではないぐらい、

はらわたがぐつぐつと煮えくり返るからいけませんw ときには憤死するかと思うぐらいw


だから、私の「怒り」の対処法は、

「自分の信じる道を表現すること」によってのみ成立します。


あるひとは、
「まっすぐ真剣に自分のことのように一緒になって考えてくれないと、怒り心頭」といい、

また、あるひとは「自分の考えを傍若無人に押し付けてくる人に対して、怒り心頭」といいます。

その背後にある「隠された欲求」はとうぜんひとさまざまです。


どの「怒り心頭」も、そのひとにとっては大変重要な「感情」です。

そもそも「感情によいも悪いもありません」というのが、

精神世界および心理学における考え方のひとつです。


そして、誰かひとりの怒りの対処法をまねても、
あなたには当てはまらない可能性もあるということを忘れないでほしいと思います。

なぜなら、あなたにはあなただけのあなただけにしかない
「隠された欲求」が存在するからです。


だから

STEP1  あなたのなかの、あなただけの「怒り」の声を大事にしましょう。
あなたが「怒り」を感じるのは、どんな場面に、
どんな対象やエッセンスに対してですか?
そして、それを
「そのとおりだ、そのとおりだ」といっぱい、いっぱい肯定してください。

つづいて

STEP2  「怒り」のこころは、何を理想として、怒りを感じているのでしょうか?

「怒り」のこころは、何を欲求しているために、
怒りを感じなければならなくなっているのでしょうか?

そして

STEP3  STEP2で見つけた「欲求」や「理想」を現実で満たしたり、補ったりするために、


何からどのように行動することが可能と、想像することができますか?


よかったら、ぜひひもといてみてください。


ここでご紹介したのは、本当にあっさりシンプルにまとめるにとどまっていますが。。。

できるかしら?だいじょうぶかしら?


どうか「自分だけの正解」に、出会うことができますように。


私たちが本当に幸せを求めるのであれば、

「自分だけの正解」を見つけるよりありません。


私のお仕事は、それをひもとくガイドとしてサポートすることです。


ひとりでも多くの方が、

「自分だけの正解」とともに、心安らかに生きることができますように。




なぜなら、これこそが私たちが人に対しても、社会に対しても

「誠実に生きることができるようになる」ための
はじめの一歩だと、

学びと研究を通じて、私は想いを深めているからです。



あなただけの「処世術」をひもときたくなったら、

ぜひあなたのこころにとまる心理の専門家のもとを

おたずねください☆

本日の愛犬です。
すっかり忠誠心が強くなってきました。
(わーい)
昔はカメラを怖がっていたのに、
今は凛々しくあいまみえます。

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